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by はんきち

小津を訪ねて小田原逍遥

小田原と言えば、新幹線で乗り換えるだけの場所で、街中を訪れたことはなかった。昨日は、その小田原の城下町から旧市街をそぞろ、ぶらぶらと歩いた。最近は往時の見る影がどんどん薄れて、という話も聞いていたのだけれど、なかなかどうして、素晴らしい街並みだった。

小田原城の天守閣から青空に映える相模湾を一望したあと、旧武家屋敷跡の街区(西海子小路;さいかちこうじ)へ。そこには小田原文学館があった。

この建物は土佐藩の郷士であった田中光顕伯爵の三階建て洋館(昭和12年築)。彼は幕末は坂本竜馬と行動をともにし、維新に参画したあと、明治期は警視総監・宮内大臣などを歴任したそう。この小田原の地にこんなに素晴らしい館があったのか、と驚く。現在は、小田原に縁のある文学者たちの資料が展示されている。

三階は、休憩のできる応接間になっていて、そのソファに座っていると、まるで昭和初期に時代が逆戻りしたかの感に包まれる。ここで、暮らしたい、とまで思ったりもする。広い庭で園遊会も開かれただろう時代のことを想像する。

田中氏の別館は大正13年築の純和風の二階建て。現在は北原白秋童謡館となっていて、大正7年から15年まで小田原で過ごした作家のさまざまな資料が展示されている。建物そのものの保存状態もよく、祖母の旧家を訪ねたときの、建物の香りを想いだした。

そこを出たあとは、小田原市街の裏通りを歩いてゆく。裏通りといっても、そこは江戸時代~戦前までの大通りだったろうことが、通り両脇に立ち並ぶ商店の佇まいから手に取れる。そして宮小路に到る。ここはかつての宿場町・歓楽街で、最盛期と思われる19世紀中頃には、約110軒の宿屋と約30軒の茶店があり、東海道有数の規模だったそう。

まったく予期していなかったのだけれど、この宮小路界隈は、ちょうど松原神社の年に一度の例大祭の真っ最中。たくさんの神輿が練り歩いている。それぞれが、掛け声とともに、一軒一軒の店にあいさつに回り、そして、また、神輿同士の威勢比べが行われている。実に元気がよく、そして美しい。
松原神社例大祭のHPはココ →http://www.asahi-net.or.jp/~gf7m-hris/daieikai_07.html

そんななか、ようやっとお目当ての「清風楼」に到着した。ここは小津安二郎が戦前に通った場所。この待合を兼ねた料亭に彼は一日おきに通った。馴染みの芸者、「千丸」に逢うためである。本名、森栄(さかえ)。昭和10年(1935年)の小津の日記には、次のようにある。

「3月5日(火) 十時十分東京駅から小田原清風に行く 明けそめし鐘かぞえへつつ二人かな」

女に惚れ込んだ小津があった。

清風楼の現在は、料亭と食堂から成っていて、鰻料理が自慢。鰻玉子巻き、焼き鳥、桜えびのかき揚げ、胡麻豆腐、鰻白焼き、筍の煮物などを食べて、うなぎ寿司で〆る。

清風楼のHPはココ →http://seifuurou.com/

春の風に誘われて小津の足跡を訪ねた小田原逍遥は、実に爽快だった。
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by k_hankichi | 2015-05-06 08:09 | 街角・風物 | Trackback | Comments(3)
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Commented by およう at 2015-05-06 17:08 x
小田原逍遥とはまた粋な^^ 微かな記憶が甦ります。
箱根に行く途中下車でもありました。
懐かしいなー、小田急ロマンスカー!
小津との関連行動、やはり粋です(^◇^)
Commented by k_hankichi at 2015-05-06 17:28
おようさん、駅から少し歩いた地区が、昔ながらの繁華街です。清風楼は、鰻卵巻きが特別に絶品で、此れまで食べたなかでも一番です。あと、白焼き。焼き鳥は、つくねの塩焼きと軟骨焼きが格別でした。
Commented by およう at 2015-05-06 22:40 x
あー、たべたい・・・\(^o^)/