頼まれて、曲目だけ指定されて音盤を買い求めた。つまらなそうだなとあまり乗り気がせず、しかし知っている指揮者を選んだだけの買い物だった。
ところがどうだろう。みちのくへ向かう特急列車の車窓に流れる淋しい景色を、流し目で次々に追っているうちに、なかなかどうして佳い曲なんだなあ、と気づき始めていた。
込み上げてくる懐かしさがあった。それは日々の仕事に埋もれていればいるほど忘れてしまっていた何かだ。
■曲目:チャイコフスキー『くるみ割り人形』作品71(全曲)
■演奏:ヴァレリー・ゲルギエフ指揮、マリインスキー劇場管弦楽団(サントペテルプルグ・キーロフ劇場管弦楽団)
■収録:1998年8月、フェストスピールハウス、バーデン=バーデン
■音盤:ユニバーサル UCCD-2120
特にそれは「情景 クリスマスツリーの中で(冬の松林)」という曲だった。次々に押し寄せて、幾層にも重なる血潮。塊が解きほぐされ融和してゆく快さ。
これがどんなシーンの描写なのかは分からない。しかし、哀しみや苦しみ、蔑みを経て自らの存在の美しさに気づくようだ。
「情景 魔法の城(お菓子の王国の魔法の城)」という曲も然り。邪心や人を貶めるものなど全く無い純粋無垢なる世界。
子供のころの絵本や、『エルマーとりゅう』のような童話を楽しんでいた気持ち。
チャイコフスキーを聴くときに見つけるものは、純粋な透明なる篤き血潮。横縞なるものとは無縁な、どこまでも拡がる快活なる心身の歓びだ。