知らない男に連れられて、街の雑踏を縫うように歩いていた。彼は呟くように言った。「今日はロシアだ。」
露店が軒を連ねている。奥に進むほど足元は怪しくなり、アスファルトと土が入り混じる。じめじめとして薄暗いその先に、その店があった。
「ここだ」
「これが?」
訝しく感じながら狭い居酒屋然とはしていない店に入り肩を寄せるように腰を下ろす。無言のままにウォッカが目の前に差し出される。
見上げればロシア女がそれを飲めと目で促す。慌てて煽るように飲み込み、噎せ返しそうになる。女は昔はアーシュラ・アンドレスだったような妖艶さがある。
注文のメモを片手に間近に立たれ、彼は、いつものやつ、と言った他は呪文のような言葉を連ねた。
ボルシチやらキャベツの煮物やらピロシキを、ウォッカとともに飲み込んでゆく。
気がつけば、町の雑踏に戻っている。国民服をまとい、背嚢とともに群衆のなかで、流されるように歩いている。恵比寿なのか。
微かに記憶がある街区のその先にはなにがあるのか。
いつの間にかタイムスリップした僕は、その先に進んでいった。