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by はんきち

だから目覚めは理髪店なんだ、とは恥ずかしくて、とても言い出せなかった

幼少の頃に暮らした街がふるさとだなあと、思い返すことがある。僕にとってはそこは東京の西のほうにある新興住宅地で、北多摩郡に属していた。

村ではないけれども、西武バスや小田急バスが狭い街道を走り、太宰治が身を投げた上水が近くを流れ、多摩湖から引かれた、これまた水道用の道路がそこに交差する。

なかでもその町の商店街は忘れることはない。

一番角が丸美屋酒店とかいう名の食品雑貨屋、隣は米屋だ。米屋は精米機が年がら年中がーがーワンワンと唸っていてその穴蔵のような店の奥のことがおっかなかった。米穀通帳というのを使って買うのよ、と母親から教えられた。

丸美屋の対面はプラモデル屋だ。ハセガワの1/72スケールのジェット機モデルや1/700のウォーターラインシリーズ、今井科学のサンダーバードシリーズに取り憑かれた。

ここまで書いて、ようやっと本題の理髪店になる。恥ずかしいから紛らわしているのだ。

プラモデル屋から向かって二軒ほど右隣がその店だった。

そこで僕は母親以外の若い女の人というものが魔法のような雰囲気を持っていることを初めて知った。

その女性は中卒か高卒の見習いだった。いつもの理容師のおじさんの他に、彼女が修行に入っていることには直ぐに気づいた。思い返せば少し後のひし美ゆり子に似ていた。

頭を触られ、髪を刈られたり洗髪されたりしているだけで、ぽーっとなり、なにか綿菓子のような柔らかいもので撫で付けられ、頭のみが雲の上に昇っているような感覚になっていた。陶酔?

思い起こせばそれが目覚め、だったのではないかと思う。小学校一年生だった。

気が遠くなるような心地よさにおおわれて、髪を刈られたあと、ふらふらしながら椅子から床に足を着く。マルカワの4玉入りフーセンガムをおまけに貰いながら、最後の仕上げ的に、頭から肩にかけて刷毛で髪の毛の切れ端を払い落とされるところでは、もう一度椅子に座って面倒を見てもらいたかった。後ろ髪を引かれた。

それから商店街に行く度に、理髪店のことを反対側の米屋側から眺めた。 精米機のことは怖くなくなっていた。

学校帰りに、用もないのに理髪店の前をゆっくり歩きながらウィンドウを通して店の中を覗いた。理髪店の店主が何か良からぬことを仕掛けていないか、そんな胸騒ぎがして、守りに行く気概だった。

だから大人になってずいぶんしたあとに、パトリス・ルコント監督の『髪結いの亭主』を観たとき、主人公の男が僕であると即座に悟った。

目覚めは理髪店なんだ、とは恥ずかしくて、とても言い出せなかったけれど、商店街のことを思い出すと、全ての記憶がそこに向かってゆく。
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by k_hankichi | 2014-07-24 06:01 | 街角・風物 | Trackback | Comments(2)
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Commented by およう at 2014-07-24 16:53 x
何かわくわくする文章です^^ステキ!!
Commented by k_hankichi at 2014-07-24 22:11
おようさん、恐縮です;;