『西脇順三郎絵画的旅』(新倉俊一、慶応義塾大学出版会)は、肩の力が緩くなり、息も静かにつかせる本だった。
彼の詩集や評論を読んでいても、それが何のことなのかわからないことが、多くあったのだけれど、新倉氏によって紐解かれた絵画的な背景を知ることで、さらに西脇詩の造詣の深さに心打たれる。
「第三の神話」は、一種の連句だという。
“南から北へまがつて生えた
ナツメの木の下から
渡し舟が出た
地獄へ行く人達の中にブリューゲルか
と思われる男もいた
顔は青ざめてトゲがあつて
サイカチの幽霊のようだ
(省略)
ダンテもいたようだ
あの小間物やさんと話をしている
男はどうもそうだ
ゴヤもいるあのシルクハットは
あいかわらず大きすぎる
あまりにゴヤ的なゴヤ的な
それからホウガスの小海老売り女
も安い複製の通りの女がいた
また買つてくれたお客をよろこばす
ために閨房のまねをする梨売りの女
もいたまたレンブラントのおかあさん
もいたヴェラスケスの法皇に似て
いる登戸から来た書家がいた
まもなく世田ヶ谷の岸についた”
(「第三の神話」)
西脇さんの頭脳のなかは、宇宙のように広く、その彷徨は際限がない。