音楽、小説、そして酒を愛する方々との空間です

by はんきち

北風の凍みる、みちのくに想う「樹下の二人」

みちのく路の二日目。冷たい北風が身に凍みる。子供のころの冬は、たしかこのくらいだったなあと、ふと思った。

この町の中には、たくさんの用水・疎水が流れている。江戸時代からこういったものを工夫し、明治になると湖からも太き水の路を切り拓いたそう。

向こうの方には、山々が見える。その山のふもとに、高村光太郎の妻、智恵子が生まれたという。光太郎がその地を訪れて詠んだ詩のことを思い出した。

朝の束の間のじかんが輝いて止まった。

●樹下(じゅか)の二人

あれが阿多多羅山(あたたらやま)
あの光るのが阿武隈川(あぶくまがわ)

こうやって言葉すくなに坐っていると、
うっとりねむるような頭の中に、
ただ遠い世の松風ばかりが薄みどりに吹き渡ります。
この大きな冬の始めの野山の中に、
あなたと二人静かに燃えて手を組んでいるよろこびを、
下を見ているあの白い雲にかくすのは止しませう。

あなたは不思議な仙丹(せんたん)を魂の壺にくゆらせて、
ああ、何といふ幽妙(ゆうみょう)な愛の海底(ぞこ)に人を
誘ふことか、
ふたり一緒に歩いた十年の季節の展望は、
ただあなたの中に女人の無限を見せるばかり。
無限の境に烟(けぶ)るものこそ、
こんなにも情意に悩む私を清めてくれ、
こんなにも苦渋を身に負ふ私に爽かな若さの泉を
注いでくれる、
むしろ魔物のように捉えがたい
妙に変幻するものですね。

あれが阿多多羅山、
あの光るのが阿武隈川。

ここはあなたの生れたふるさと、
あの小さな白壁の点々があなたのうちの酒蔵。
それでは足をのびのびと投げ出して、
このがらんと晴れ渡った北国の木の香に満ちた
空気を吸おう。
あなたそのものの様な此のひんやりと快い、
すんなりと弾力ある雰囲気に肌を洗はう。
私は又あした遠く去る、
あの無頼の都(東京)、混沌たる愛憎の渦の中へ、
私の恐れる、しかも執着深いあの人間喜劇のただ中へ。
ここはあなたの生れたふるさと、
この不思議な別箇の肉身を生んだ天地。
まだ松風が吹いています。
もう一度この冬のはじめの物寂しいパノラマの地理を
教へて下さい。

あれが阿多多羅山、
あの光るのが阿武隈川。
  
[PR]
by k_hankichi | 2014-01-07 07:47 | 街角・風物 | Trackback | Comments(3)
トラックバックURL : http://hankichi.exblog.jp/tb/21417518
トラックバックする(会員専用) [ヘルプ]
※このブログはトラックバック承認制を適用しています。 ブログの持ち主が承認するまでトラックバックは表示されません。
Commented by およう at 2014-01-07 13:10 x
懐かしい高村光太郎・・・、この一月の冬空の下での貴殿の心の潤ばしる様が伝わってきます。寒さにお気をつけください。
Commented by maru33340 at 2014-01-07 20:42
この詩は子どもの頃に読んで、意味は良くわからないまま感動していた詩なり。
今改めて読んでやはり胸の奥底から何かが溢れ出てくるような思いになる。
Commented by k_hankichi at 2014-01-08 07:33
おようさん、maruさん。なだらかな山脈が低く遠くに見える盆地のなか、その柔らかな起伏がずんずんと盛り上がるように形成されているのが、阿多多羅山。女性的な美しさをもち、とても心が落ち着くのです。