今井信子さんの著書『憧れ』のなかには、室内楽に深く傾倒していった過程もしるされている。
どのエピソードも含蓄深いのだが、「カルテットの日々」という章の“カルテットを続けるコツ”というあたりでは、このあいだ観た映画『カルテット』のことを想い出させてくれて、なんだか二重に楽しかった。次のような記述。
「カルテットの人間関係は夫婦以上に濃密で、逃げ場がないのだ。離婚ならぬメンバー交替を繰り返すカルテットが多いのも、当然だろう。
だから長く続いているカルテットほど、決定的な衝突を避ける方法を編み出している。割合に多いのが、練習と舞台の上以外は完全に別行動を取るというものだ。
(中略)創設メンバーのまま四十年近く続いた驚異的なカルテット、グァルネリ弦楽四重奏団の場合は、もっと徹底していた。ホテルでお互いの練習が聞こえないよう、部屋はバラバラに離れたフロアの、しかも廊下の端と端に離して部屋をとる。演奏会シーズンが終わったら、まず会わない。家族同士も没交渉。
―――
とんでもない偏屈者の集まりのようだが、四人とも至極まっとうな人たちだ。カルテットというのは、それほど意識して距離を置かないと、煮詰まって動きが取れなくなってしまう。
家族で組んだ常設のカルテットもあるが、家族なら息が合うだろうというものでもない。特別に親しい人間関係が、シビアに音楽づくりをしていく上でかえって邪魔になることもある。人間関係をとるか音楽をとるか、そこまで突き詰めるのがカルテットなのだ。」
音楽を創りだすのは真剣勝負だということが、改めて伝わってきたとともに、あの映画のシーンの数々が、ようやっと納得できた。