原爆の日に聴くケンプのバッハ(広島世界平和記聖堂・パイプオルガン除幕式での演奏)
今日の町田は、体が鉛になるように重く暑い空気で、CDと古書を買い求めに立ち寄った「まほろ町商店街」は、まさしく、まほろば(麻本呂婆)のような眩暈だった。
そしてこんな暑い日の長崎に、原子爆弾が落とされたことを思った。アメリカ合衆国による憎悪の狂気は、沖縄を焼き払い、焼夷弾で日本の都市を焼き尽くす空爆を繰り返したが、一方で、一億玉砕を覚悟して突き進んでいた日本もこれも狂気。狂気と狂気がぶつかったところで、ヒロシマ、そしてナガサキが悪魔の炎に包まれれた。
かつての軍事都市・広島は、平和都市として生まれ変わり、心を入れ替えた我々の魂からの祈りを世界に伝えている。平和記念公園(丹下健三設計)は1954年4月1日に開園、そして世界平和記念聖堂(村野藤吾設計)が同年8月6日に献堂される。
この聖堂にはドイツのケルン市からクライス製造所製のパイプオルガンが寄贈されていて、その除幕式が同年11月に行わなれている。除幕式ではウィルヘルム・ケンプがパイプオルガンを演奏しており、その録音が残っている。今日はそのCDを聴いた。昼に、件のまほろ町のタワーレコードで、買い求めたものだ。
音盤の出だしは、この聖堂の鐘の音が2分以上流れ、そのあとで、おもむろにケンプによるバッハのコラール≪主イエス・キリストよ、われ汝に呼ばわる≫BWV.639が流れる。深いため息に包まれ、懺悔と悔い改める心と静かな祈りが僕の心に沈降する。(鐘の音は、世界平和記念聖堂研究会・広島のHPでも聴ける。ココ→
http://memorial-world-peace.txt-nifty.com/blog/2012/02/post-c3c7.html)
そして除幕式のなかでのケンプ自らによる次のような肉声が流れる。想像よりもずっと若々しく、朗々としている。
「偉大な教会人は、J.S.バッハのことを5人目の福音史家(※)と呼びました。彼は人間の言葉は使いませんが、世界中の人が理解できます。平和の鐘の音を聞いたのち、信仰と祈りの言葉 'Dona nobis pacem'(神よ平和を与えたまえ)を胸に、平和のために戦っている人たちの仲間入りができて幸せです。世界中の教会が鐘を響かせて、この'pax aeterna'(永遠の平和)への呼びかけに応えてくれますように!」
このCDを聴きながら、僕は初めてウィルヘルム・ケンプがオルガン演奏についても非常な才能をもっているということを知った。ライナーノーツを読んでみれば、彼は教会のオルガニスト一族の子供として生まれ、この楽器を始めに習い、そのうえでピアノやヴァイオリン、作曲を学んで行ったという。
彼のバッハがすばらしい理由を、改めて深く納得したとともに、この演奏に出会えた幸運に感謝した。
ところで、このCDには、彼のベートーヴェンのピアノソナタ第8番ハ短調作品13「悲愴」が入っている。これは1936年12月のSP盤録音なのだけれど、おっそろしく素晴らしい演奏。僕がこれまで聴いたあらゆる演奏のなかで一番感銘した。ケンプの心のうち震えが伝わってくる。
※4人の福音史家:マルコ、マタイ、ルカ、ヨハネ。
■曲目
1)広島世界平和記念聖堂(幟町カトリック教会)の鐘
2)J.S.バッハ:コラール≪主イエス・キリストよ、われ汝に呼ばわる≫BWV.639
3)広島世界平和記念聖堂のパイプオルガン除幕式にて語る(語り)
4)J.S.バッハ:コラール≪われ心から待ち望む≫BWV.727
5)ケンプ:追想
6)ブラームス:ピアノ・ソナタ第3番~第3楽章
7)ピアノとピアノ演奏について(語り)
8)ショパン:夜想曲第3番(抜粋)
9)フェルッチョ・ブゾーニとの出会い(語り)
10)バッハ:コラール・プレリュード≪今こそ審判の日は来れり≫BWV.307、≪いざ喜べ、愛するキリストのともがらよ、もろともに≫BWV.734
11)私のベートーヴェン演奏について(語り)
12)ベートーヴェン:ピアノ・ソナタ第8番≪悲愴≫
13)ケンプ:C.F.マイヤーの詩による4つの歌曲~歌心op.56-1、諸人よop.56-2、海の歌op.56-3、嵐の夜にてOp.55-1
■演奏
ウィルヘルム・ケンプ(Org、P、語り)、フィッシャー=ディースカウ(Br)
■録音
1954年11月、広島世界平和記念聖堂(1-4)
1970年9月、南ドイツ放送(5、7-11)
1958年3月、ハノーヴァー ベートーヴェンザール(6)
1936年12月、ベルリン イエス・キリスト教会(12)
1964年5月、ベルリン イエス・キリスト教会(13)
■音盤
ユニヴァーサル PROA-20(タワーレコード・ヴィンテージコレクション)
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http://tower.jp/item/1809710/