脱力系の小説・・・『古書店・小松堂のゆるやかな日々』(中居真麻)
駅のKioskの文庫本コーナーから思わず選んでしまった小説『古書店・小松堂のゆるやかな日々』(中居真麻:なかい・まあさ、宝島社文庫) は、ねじの緩んだ(というか毎日を空気のようにすごしてゆく)古書店主・小松と、若い女性・波子の織り成す会話の妙を味わう作品だった。
カテゴリーとしては通俗大衆小説で、だから、ストーリー展開をあまり期待して読み始めてはならない。題名から想像するような図書についての薀蓄や業界の内幕があるわけではなく、「美しい栞子さんとそれを取り巻く人情模様」もあるのではない。そこには、枯れた古書店主、小松が居るだけだ。
波子、28歳。勤めていた派遣会社を辞め、ぶらぶらとした日々を送っていた。神戸の街を歩いていた彼女の目の前に現れたのが、店開きのため工事中の店がアルバイトを募集しているという張り紙。古書店・小松堂だ。
波子は、あれよあれよという間に小松のペースに巻き込まれ、この店を手伝うことになる。市役所の職員から57歳で脱サラし古書店を始めようとしているなんて、ああ憧れだなあ・・・、と思いながら、僕らは小松の悠々自適の、マイペースのとぼけた毎日の佇まいに惹かれてゆく。
結婚一年半の波子は、夫との日々に倦ききつつあり、その上司・加茂内との関係に嵌っている。どうしようもない関係。出口の見えない、どろどろとした毎日。
小松は、彼女のそういう境遇を知ることになるけれど、びしっと諭すことはしない(彼もバツイチで新たな家庭を築いたものだから)。しかし、古書に囲まれた悠長な日々のなかから、彼女に、自分なりの生き方の大切さに、少しづつ気づかせてゆく。
『恋なんて贅沢が私に落ちてくるのだろうか?』で、第6回日本ラブストーリー大賞を受賞した著者が作り出す、疲れきった身体を更に脱力をさせてゆくような、不思議な妙味の小説だった。