自然体の奇をてらわないエッセイ・・・『最低で最高の本屋』(松浦弥太郎)
『最低で最高の本屋』という、不思議な題名のエッセイ集を読んだ。松浦弥太郎著、集英社文庫。松浦さんは、雑誌『暮らしの手帖』の今の編集長だ。
この人の本や雑誌、そしてデザインにかける意気込みや真剣さは半端ではない。10代で渡米して、さまざまな米国文化に触れながら60年代のデザインの素晴らしさを見出し、日本に紹介したり、自らユニークなる
本屋(中目黒や南青山のカウブックス)を企画設立したりしている。
その本屋が、“最低で最高の本屋”ということになる。この表現は、松浦さんが好きな高村光太郎の「最低にして最高の道」という詩から採られていて、“光があれば必ず陰があるように、どんなことにも「最高」の面だけじゃなくて「最低」の部分があって、両方がバランス良くあることが一番正しいと何となくわかった”(「最低で最高ということ」より)、ということがそのコンセプトにあるのだ。良い本だけれども見方を変えたら最低、というように賛否分かれるような本を取り扱う。なんとマニアックなのか。
松浦さんの、そんな姿勢からくる考え方がもたらすものとして、次のようなことがある。
“今まで手掛けて仕事のなかで、満足したものはひとつもありません”。・・・(中略)・・・一生懸命やることは当たり前で、一生懸命は評価の対象にならない。一生懸命だったかどうかというのは、自分が勝手に考えることで、クライアントや一緒に仕事する人には関係ないことだと思う。”(「書くこととつくること」より)
こんな人がいるのだ。世の中のデザインや文化のトレンドをしっかりと自分の目で見据えて、真贋を見極められる人であろうが、しかし、実に謙虚なる姿勢。頭が下がる。
このエッセイは、旅日記のような篇もいくつか収録されている。とても興味深かったのは、「台湾」と「中目黒」という短編。その二つの場所は、僕の旅や想い出が潜んでいて、だからなおさら懐かしい。台北や台東の旅や街角逍遥、目黒川界隈の街の風情を、実に克明に描いている。僕が知らない側面がそこここにある。
この本を片手に、それらの場所をまた訪れてみたい。そして自分も、松浦さんが感じたことを、自分の中に投影してみたい。