『詩人の旅』(田村隆一、中公文庫)を読了。散文の田村さんは、なにかやわらかい。
彼を知ったのは確か『四季・奈津子』とかいう映画を友人とどきどきしながら観ているときで(何せ出ているのは烏丸せつこである)、ストーリーからは想像できないような形で、突然、その田村がなにかを語るシーンで出会ったのだった。ジャコメッティの彫刻のような人だ思った。
この旅の本で、田村は隠岐、若狭(小浜)、越前、伊那、鹿児島、奥津、越後、佐久、東京、京都、沖縄を旅する。越前は三国という場所でまさに越前ガニを食べ「寿喜娘(すきむすめ)」という辛口酒を味わうシーンなど、ごくりと喉の奥がうなる。
末尾には、『ぼくのひとり旅論』というエッセイもあり、無性にひとり旅がしたくなった。
その冒頭は、「灰色の菫」という田村の詩から始まっていて、それは西脇順三郎に捧げられた作品だから、ますます心に染みた。
「灰色の菫」
67年の冬から
68年の初夏まで
ぼくは「ドナリー」でビールを飲んでいた
朝の九時からバーによりかかって
ドイツ名前のビールを飲んでいると
中年の婦人が乳母車を押しながら
店に入ってきて
ぼくとならんでビールを飲んだりしたものだ
(中略)
さて
ビールにはもうあきた
裏口からそっと出て行こうか
ギリシャの方へ
バッカスの血とニンフの新しい涙が混合されている
葡萄酒を飲みに
「灰色の菫」という居酒屋の方へ
(詩集「新年の手紙」より)
ああ・・・なんと西脇的なのか。順三郎と田村の詩をまたじっくりと読もう。