音楽、小説、そして酒を愛する方々との空間です

by はんきち

変貌した秋葉原を目の前にして・・・

昨日は、久しぶりに秋葉原に買い物に出かけた。この駅は中学時代から大学時代は、週に一度は降りたものだった。

石丸電気でレコードを、そしてラジオ会館では放送局払いだしテープなどを買い求めた。カセットテープも恐ろしく安価なものまであり、おそるおそる店員と値引き交渉をするのだが、高校生に対しても飽きもせず相手にしてくれる。一級品の音と言うのはどのようなものなのか、というのを鍛えたのも、ラジオデパートのなかにあったオーディオ・スピーカーコーナーだった。

真空管でのパワーアンプやプリアンプの製作に凝って、部品を買い集めたこともあった。パワー系は6BQ5の5極出力管、プリ系は12AX7Aという低雑音型双3極管が必要なのだが、前者はマツダ製、後者は東芝製で我慢した。RCA管にすると、どんな音になるのだろう、と見果てぬ夢をみたものだった。Tangoのトランスを買うのにも、あのあたりを何周徘徊したことだろうか。トグルスイッチ、抵抗、コンデンサ、絶縁端子、ランプ、配線類もピンからキリまであった。

アキハバラデパートは、総武線のホームから直接入る改札口があり、その中を抜けてゆけば電気街に出ていけるうってつけの場所で、だから下校途中の僕は常にそこを目指したものだった。東京の中心からほど近いところだとは思えぬ、垢ぬけぬ専門店街で(おそらく百貨店ではないと思うが、いまは僕にはその真偽はわからない)、その空気と人々の全ての動きは、1/2にコマ落とししたような感があった。有名な包丁売り、研ぎ器売り、あ~ら不思議、そこの奥さん騙されたと思って手に取ってごらんなさいという声の朗々とした響きよ。

夢の街、音楽にまつわる機器の聖地だったはずの、秋葉原・・・。昨日をもってそれは、そのノスタルジーは見事に破壊されてしまった。

この街の今は、飢えている。人と人は、物質化している。どの人も地面をみながら歩いている。フィギュアの絵が入った大きな紙袋を肩にかけた男たちは、そのキャラクターと自己との対話だけにいそしんで歩いていて、周囲に気を配ることはない。群衆、群衆。淀んだ眼差し、手提げ袋、首にかけたカメラ、年増の女子高生、コスプレ・アダルトがどのフロアの窓ガラスからも見えるビル、メイドがマッサージをすると呼びかける娘はやはりメイド服をきている。おもてを上げて歩いているのは、想定外の見世物に遭遇してビデオ撮影しながら嬉々として歩いている外国人ぐらいだ。そして彼らは、このざまを心の底では嘲笑している(と信じたいが彼らも同じなのか)。

昔の青果市場は、呆気にとられるほど巨大な家電量販店になっていて、その地下は6階まで駐車場だ。江戸時代からの商人たち職人たちの街は、その根底まで取り払われてしまった。その底に車で下りていく感覚は、さながら、地下牢に幽閉される囚人のようで、いったんそこに落ち込んだら、別人となって帰ってくることになるような気がした。

無機質なる繋がりをもって時代を標榜できる、ということはないと信じたい。

       
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by k_hankichi | 2012-10-08 08:16 | 街角・風物 | Trackback | Comments(0)
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