阿多多羅山を、初めて観ゆ・・・中学一年の想いの大切さ

今日は、福島への日帰り出張。阿多多羅山が、その会社の目前にあるということを教え知らされ、仕事の話は上空になり、それはもう、いてもたってもいられなくなった。

高村光太郎の『樹下の二人』そのもののの場所なのだ。『智恵子抄』の一篇。ああ、あの総武線の下りで読んでいた本を級友に取り上げられて、ひやかされたことを思い出した。

今日の出張は、この山を視識できたことだけで、たとえその内容がぼちぼちであろうとも、全てが佳し、ということに思われた。

『樹下の二人』

あれが阿多多羅山、
あの光るのが阿武隈川。

かうやつて言葉すくなに坐つてゐると、
うつとりねむるやうな頭の中に、
ただ遠い世の松風ばかりが薄みどりに吹き渡ります。
この大きな冬のはじめの野山の中に、
あなたと二人静かに燃えて手を組んでゐるよろこびを、
下を見てゐるあの白い雲にかくすのは止しませう。

あなたは不思議な仙丹を魂の壺にくゆらせて、
ああ、何といふ幽妙な愛の海ぞこに人を誘ふことか、
ふたり一緒に歩いた十年の季節の展望は、
ただあなたの中に女人の無限を見せるばかり。
無限の境に烟るものこそ、
こんなにも情意に悩む私を清めてくれ、
こんなにも苦渋を身に負ふ私に爽かな若さの泉を注いでくれる、
むしろ魔もののやうに捉へがたい
妙に変幻するものですね。

あれが阿多多羅山、
あの光るのが阿武隈川。

(後半省略)
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Commented by maru33340 at 2012-05-31 05:20
懐かしいなあ。
あたたらやま、あぶくまがわ、という「あ行」の音のリフレインの響が、あの頃まるで呪文のような思えたのでした。
Commented by k_hankichi at 2012-05-31 06:47
加藤剛の声が響き渡るような気がしました。
Commented by maru33340 at 2012-05-31 08:38
加藤嘉ではなく。
「知らん。そんな人は知らん。」
by k_hankichi | 2012-05-30 20:17 | 街角・風物 | Trackback | Comments(3)

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