『Tango: Zero Hour』(アストル・ピアソラ)…喧噪、静寂、回帰
“これは紛れもなく、私がこれまでの人生で作り得た最高のレコードである。我々はこのレコードに魂を捧げた。”…ライナー・ノーツにアストル・ピアソラの言葉がそうしるされている。
その『Tango: Zero Hour』を聴き始めた。凄い演奏の連続だ。音も良い。過去/未来から分節された現在という概念を音楽で表現しようとした彼の世界。そういうものがすこしづつ伝わってくる。
「Tanguedia III」…音楽が始まる前に混沌と喧噪のざわめき。はじめ何が起こっているのかわからなくなる。その不安をかき消すかのように音楽が始まるのだ。
「Concierto Para Quinteto」…これまでやってきたことは何なんだったのか、という問いかけをされているような、そういう心境におちいる。
「Contrabajissimo」…ベートーヴェンの第九交響曲の第4楽章へのオマージュなのか。音や自らの存在への問いかけから始めようとしているとしか考えられない。僕はこの曲をタンゴ版「歓喜の歌」と名付けたい。
「Mumuki」…なになのだ。これも、此れまで自分が生きてきたことはどういうことだったか、という感覚が底流から沁み出してくる。おそらく聴くたびに、さまざまなシーンが浮かび上がってくるのではないだろうか。
いま、という時の貴重さ。それはたいせつな過ぎ去り時のあとにあるということだけでなく、未来との境界になるということ。この曲集は聴いているだけで心が踊らされ、また静かに落ち着き、時に涙がじんわり湧いてくる。
■曲目
1.タンゲーディア3 (Tanguedia III)
2.天使のミロンガ (Milonga Del Angel)
3.キンテートのためのコンチェルト (Concierto Para Quinteto)
4.ミロンガ・ロカ (Milonga Loca)
5.ミケランジェロ ‘70 (Michelangelo '70)
6.コントラバヒシモ (Contrabajissimo)
7.ムムキ (Mumuki)
■演奏:ピアソラ五重奏団(アストル・ピアソラ、フェルナンド・スアレス・パス(Vn)、パブロ・シーグレル(Pf)、オラシオ・マルビチーノ(Gr)、エクトル・コンソーレ(Bs)
■録音:1986年5月、サウンド・アイディアズ・スタジオ、ニューヨーク
■音盤:American Clave、EWBAC 1013