鶴巻温泉、という鉄道の駅名は凄いと思う。東京近郊にて(と数えてよいかはわかないが)、ここまでリアルに風土を現している駅名は、そうざらにはないだろう。
車で国道246号線から駅前に行くまでの通りは、ちょっと異境に行く感じがする。道はくねくねとうねっていて、その先に何が出てくるのかわからない様相であり、しかし湯けむりなどはしてこないまま或る角でいきなり温泉の看板がたくさん出てくる。この唐突感がなんともいえない。将棋の勝負で有名な『旅館陣屋』もそこにある。
小田急線を使って向かったとしても、これは同じで、東京方面の隣の駅(伊勢原)とは全く趣の異なる殺風景な駅前が拡がる。山が迫っている谷間に駅があり、せせこましい踏切のあたりの様相もちょっとわびさびの風情である。ああ温泉地なのだという感興が湧く。丹沢の山々のの端がすこし垣間見え、昔の風景が頭をよぎる。
この週末の土曜日も、久々に浸かりにいった。いつも行くその日帰りの湯は大山からの伏流水がうまく噴出したもの(秦野市第一号泉)が引いてある。飲用にはできないと表示されているが、いつものようにちょっと舐めてみると、しょっぱい。変わらぬ味。湧き出る湯のカルシウムイオン含有量は世界一だという(1960mg/kg)から、その塩化物の味であり、ああこれはそういった一番のものなのだと思わなければならない。
入ってみればなるほど良い湯だと感じる。そのまま入り続けていると、江戸時代にいるようになり、だんだんと頭が水平になってゆく。内湯と外湯を往復しているうちに頭は朦朧としてきて、いったん上がって着替えた後、休憩の広間で本を読んだりしながら、また湯につかりに足を運ぶ。湯疲れしてしまうこと請け合いなのだけれど、この湯に入っていれば命が長くなりそうな気がして、だからどうしても長湯をしてしまう。
湯からの帰途は、身体はぽかぽかとしている。しかしそれでも駅前の蕎麦屋『田代庵』でいつものカレー鴨南ばんを食してしまう。蕎麦は黄緑色がかっていてルチンが豊富のようであり、濃厚な和風だしの汁にちょうど合う。この店のもうひとつ良いところは旨いお冷の水が出ることであり、この水でもって火照りを潤すと、身体がちょうどよい按配に落ち着く。
鶴巻温泉。この恍惚とした風情と響きと味がある街が好きだ。