こうまで暑いと降りるべきバス停の名前までなんとなく自分が降りる場所ではないような錯覚に陥り、扉が閉じて走り出してから、やあしまった、ここで降りるのだったと気づいた。運転手に声をかけるのも気恥ずかしいから次のバス停でまで黙って過ごしてそして降りたが、この地では隣までの距離がずいぶんとあり、もとの場所まで歩いて戻るのも億劫だ。
顛末を話すべく家に電話をしてみれば、呆れているような応答とともに、すでに夕飯は根こそぎ食べられていることが分かったので、これはもののついでだと、そのバス停の目の前にある台湾料理屋に入ることにした。
その店は、店員から調理人まで全員が大陸系と思しき中国人で、メニューの写真を指ささないと注文が通じない。注文したあとはうんともすんとも言ってこないので、はたして事が無事に運ばれているのかが分からない。
隣のテーブルでは還暦をすでに一回り過ぎそうな年配の男性客数名が酒を飲みながら議論をしている。立身出世のようなことに話題が飛んでいて、なにやらそこに忸怩たるものを感じている一人の男が順風満帆に生きているような男に対して詰め寄っている。暑いなか、ますます意味なく暑いぞこの土地は。
そうこうするうちに「台湾餡かけ焼き飯」なるものが出てきた。五目中華丼の餡が、具だくさんの焼き飯にかかっているもので、それは意外に旨く、自分が台湾か上海かベトナムの路地にいるかのような感じになってきて、ますますこの夜は暑く、気持ちは何故か昂ぶった。
“アジアンの熱き湿気にけぶる闇 われ餓鬼道や 食らう焼き飯”