その記憶が途切れがちのなか書店で買ったもう1冊は『若き日の友情~辻邦生・北杜夫往復書簡~』(新潮社)だった。これは、その一部が以前『新潮』に掲載されていたことを覚えている。濃い友情の書簡はちょっと気恥ずかしいが確実に触発されるものであり、そしてまた、自分の学生時代の友人とのやりとりのことも思い出し、購入をちょっとためらい別の書棚を巡った後、やはりしっかり手にとっていた。
巻頭にふたりの手紙やはがきの実物カラー写真が数ページにわたって掲載されている。北杜夫の筆跡は彼らしいクプクプぶりでほほえましく、一方、辻のそれは太く実直で、そして気持ちを表す括弧()がそこかしこに入っているサンサシオンものだ。
まだ始めのほうしか読んでいないけれど予想通りの呼応で、たとえば次のような記載だけでもぶるっとくる。
『四月はじめ松本にゆく。冷えた朝の大気のなかに、水晶宮の幻覚のやうな桜を見るのが、日本で最も優れたあの花の観賞法だ。脱出しろ。宿は相変わらず浅間だ。
三月二十六日夜明け キリーロフのやうな辻邦生
ムイシュキンのやうな わが愛する 斉藤宗吉大兄』
読み進めるうちに、センチメンタル昂じてまた手紙でも書きだしそうな気がするが、怪文書扱いにはしないようにして欲しいな。