年末に友人から、アンネ・ソフィー・フォン・オッターがシャンソンとポップスを中心に歌うCD『LOVE SONGS』を貸してもらい、聴いている。メゾソプラノだが、とても深く濃い響きがする。
特に好きなのは、「時の流れに」(Avec Le Temps)。レオ・フェレの曲と詞が、オッターにより、ものすごい濃厚なものに仕上がっている。時とともに過ぎ去るものごと、出逢い、記憶。そしてそのうちに、穏やかであるが孤独な年月がくる。なにも愛せなくなる。
バルバラの曲、「ピエール」(Pierre)も、崩れ落ちそうな気だるさと哀愁が込められている。ピエールはもう、おそらく帰ってこないのだろうことが伝わる。おなじく「いつ帰ってくるの」(Dis, quand reviendras-tu?)も、似たようなことを歌い上げているが、追憶の深さがさらに幾重にもなっているようだ。過ぎ去っていく時間は取り戻すことは難しい。春に会う約束はもう過ぎ、秋になる。秋もいいよな、と戻らぬ相手を知りながら、ひとり蔑むよう。
ジャック・ブレルの曲、「懐かしい恋人の歌」(Chanson De Vieux Amants)も素晴らしい。「日暮れが近い今も、あなたが、あなたがすき…」。ここには諦観があり、その現実を自分で認めているしみじみとした姿がある。
そして、「コーリング・ユー」(Calling You)だ。ホリー・コールによる歌もよかったが、オッターはもっともっと退廃的だ。ラスベガスからの行き先知れぬ砂漠道の小さなカフェで、遠く離れた男に倦怠感とともに呼びかける歌だが、僕には乾きというよりも、透き通った湖の底にいる女から、誘惑されるかのように呼びかけられているような、温かい湿気を感じる。
それにしても、オッターの歌声には、別れの歌がなんと馴染むことなのだろうか。声そのものが哀愁であり、悲しみを超えた何ものかが、にじみ出てくる味がある。
“日も暮れよ、鐘も鳴れ 月日は流れ、わたしは残る・・・”
・レオ・フェレ:時の流れに
・バルバラ:ピエール
・ジョン・ミッチェル:マーシー
・リチャード・ロジャーズ:Something Good(何かよいこと~「サウンド・オブ・ミュージック」より)
・ミシェル・ルグラン:マクサンスの歌(「ロシュフォールの恋人たち」より)
・ジャック・ブレル:懐かしい恋人の歌
・ウォーキング・マイ・ベイビー・バック・ホーム
・オ・アンヨーラ・エン・ブリッガ(桟橋に近づく)
・バルバラ:いつ帰ってくるの
・ミシェル・ルグラン:これからの人生(「ハッピー・エンディング」より)
・ボブ・テルソン:コーリング・ユー(「バグダッド・カフェ」より)
・ジョン・レノン/ポール・マッカートニー:ブラックバード
・バーンスタイン:いつかほかの時に(「オン・ザ・タウン」より)
歌、ピアノ:アンネ・ソフィー・フォン・オッター、ブラッド・メルドー
録音時期:2010年6月、ベルワルドコンサートホール、ストックホルム
音盤:仏Naïve V5241