会議初日。ちょっと疲れた。いまの気持ちを表そうとすると、要らぬことまで書きそうなので、往きの飛行機のなかで読んで、そして、心に落ちた吉田健一の言葉(『日本に就て』のなかの「日本語に就て」から)をここに引用する。まさにこのとおりである。
「別に言うことがないから黙つてゐる、という所から出発しなければ、どういふ形でだらうと言葉を使つて何かを表す仕事は嘘だといふ気がする。
言ふことがあるから言つたり、書いたりするのだと普通には考へられてゐる訳であるが、それならば、実際に何か言ふことがあるか、或はあると思ふ時に、それを書いて見るといい。
といふのは、それは書けないのであつて、実際に何かあるといふのは、結局は、いつもたださう思つてゐるだけのことに過ぎない。何かあるのと、それを表す言葉は違ふので、言葉は改めて探さなければならず、その時、それが無いことに気が付く。
例へば、それは他人の言葉でもすむこともあり、さうすれば、これは引用であつて、それ以外に言葉がない限り、初めからただその言葉を指すだけでよかつたのである。
併し引用も生きる為には、それが自分の言葉にならなければならない。さうすると、やはり言葉を探す状態は続いて、しまひには、凡てが既に言はれてしまつた言葉ばかりではないかといふ感じがして来る。
(中略)
かうして、強引に人の感情に訴へず、詮索すればする程どう取つていいのか解らなくなることもなくて、金属を打つた時に起る音と同じく自然に、過不足なく我々の胸に響く言葉が得られる。
併しそれには、先ず言葉の上では何もない状態に自分を置かなければならなくて、これはさう簡単に出来ることではない。」
本当に、その通りだと思う。