辻邦生 著、山本容子 銅版画、新潮文庫。
美しい版画と、レクイエムという題名に、思わず手に取り、買い求める心を禁じ得ない。
1年のそれぞれの月の花の名前をトリガーに、淡い恋の追憶、隠れるように慕っていた心のときめきが、明かされていく。山茶花、アネモネ、すみれ、ライラック、クレマチス、紫陽花、百合、向日葵、まつむし草、萩、猿捕茨、クリスマス・ローズ。どこかしら哀愁をともなう、それらの花を選んたのは、「挿花」という雑誌の編集部だったそうだが、そのお題だけから、こんなに粋な小品の数々が生まれるとは。
小説は、それぞれが4ページほどの短編。挿絵も1枚。版画家は、その小説を読まずに、創作していく。震えるような線描と、そこを埋める淡い色彩は、まるで、そのストーリーを知っていたかのように、共鳴する。恋慕の心と、失ってしまった悲しみがそこに染みだしてくる。
珠玉は、11月の「猿捕茨」だった。
甘くておいしい赤い花の実にまつわる話。子供のころ、巡礼の女の子から貰った。それから何年かして、電車のなかで出会ったおなじ年頃の子から渡された。高校生のになって陸上部の練習をしていたら、女学生が近づいてきて、その木の枝を差し出された。大学に入って、同好会の助教授やその若い夫人らと、郊外の山を散策した。ちょうど見つけた猿捕茨を、その夫人に差出したら、夫人は急に顔をそむけ、泣きはじめてしまった。
鋭いトゲをもつツルが絡み、俊敏な猿をも引っ掛ける花だそうだが、淡い恋心がずっと絡み合っていたのかな。想像するだけで、胸の奥で、しゅん、と何かが音を立てる。