ビーフン(米粉)を子供のころから食べさせられていた、というと何のことかと言われるかもしれないが、僕の実家では、子供のころから、事あるごとに、たびたびビーフン料理を食べさせられた。親父の兄の家に行ってもそうだったし、神戸の祖父母の家に行ってもそうだった。蒋介石が来るまで、台湾に居つづけた日本人一派だったらしいから、それほどまでに居心地がよく、郷愁豊かで忘れられない土地、そして、忘れられない旨い味だったわけだ。
でも、いまだから言うのだが、子供のころ、それは何とも言えない味気ないものだった。どこをどう味わったらよいのか分からないもの。美味しくないけども、まあ腹は満たせるから仕方なく食べていた。その後しばらくして、「ケンミンの焼きビーフン」だったり、電子レンジで食べられるビーフングルメものが市場に出始め、ああ、これはちょっとは食べられるなあ、と思ったほどだったから、実家のビーフンレシピがどれほどのものだったか、わかるだろう。
そんななか、台湾の人との付き合いが最近始まり、仕事よりも何よりも、まずはビーフン料理というものがこんなに旨いのか、と、目から鱗が落ちるような驚きがあった。
何が良いのか、というと、その味付けがまず多彩である。ほのかに塩味のものは普通であるが、甘いもの、中華だしのもの、テンメンジャン系のもの、いろいろある。混ぜられている具も、そしてまた多彩である。白菜、キャベツ、椎茸、たけのこ、ニンジン、玉子、豚肉、牛肉は当たり前として、セロリ、高菜、青梗菜、梅、ニンニクまで各種多彩な組み合わせがある。
これ、実家のビーフンと全然ちがうじゃないか・・・、と思った。で、是が非でもそれだけを食べることにした。
汁ビーフンは、そしてさらに絶品である。ビーフンを食べる際、汁ビーフンを抜かしてはならない、とわかった。一番美味しい汁ものは何なのか?それは、台湾人が、屋台で頼み食べているものを見て、ようやくわかった。そして食してみてさらに分かった。茹でた細いビーフンを大きく掬いどんぶりにいれ、そこに鶏肉団子が浮かんだ鶏がらだしスープを加えたものなのである。ビーフンは細ければ細いほどよい。
細いビーフンの歯ごたえは、そこはかとなく、でもしっかりとしており、汁がうっすらとまとわりつきながら、米は米の主張をしつづける。そこに鶏が団子となって挑んでくる。鶏団子は鶏がらスープによって砕けそうなぎりぎりの柔らかさになっており、僕の歯に当たる瞬間に粉雪のようになって口の中にとろけ行く。
ビーフンを、日本代表の麺モノの、うどんや素麺、ひやむぎ、蕎麦と比べることはできない。その混ぜる具の多さ多彩さ、料理手法の多さから言って、別の競技だと言ってよい。彼らはしょせん、小麦粉軍団なのである。蕎麦軍団も、小麦粉の混ぜ物もあるわけだから、まあ、その範疇に分類してしまおう。麺の細さから言えば近いともいえる素麺は、対抗馬として引き合いにだされるとは思うのだが、ビーフンに比べれば不甲斐なく、弱腰なのだ。
ビーフン。その真髄は中国大陸ではなく台湾にある。もともとは大陸の福建省が起源だったらしいが、その後は台湾で揉まれ、多彩に進化した料理。米を炊くよりも素早く、そしておかずと上手に合わせることができる素材として育っていった。
米が好きな者、台湾のビーフンを食らわずして語ることなかれ死ぬことなかれ。そしてまた、その本場ものを食すると、心に染み入ることがある。自分はアジアの一員だなあ、ということを。