友人から、吉田健一張りの、酒談義の楽しきメールを貰い、思わず微笑んでしまった。友の話もおもしろかったが、僕のほうも吉田さんの標題のエッセイを読み始めていて、なんだか、同期していて愉快だったからである。光文社文庫。
食べものあれこれ、舌鼓ところどころ、酒肴酒の話し、どこまでもその筋の話ばかりだが、いかにも美味そうな、かといって、押し付けがましくなく淡々と、でも、美味いものは美味いと、しみじみ伝わってくるものばかり。
しかして、読み飽きるかと言えば、そんなことはなく、東京の戦時下の宴、支那の小籠包料理、西洋のグリンピースの深淵などなど、思わず、その食べ物を見たり味わってみたいと羨ましくなる、素晴らしく洒脱なエッセイなのである。
たとえば、こんな感じである。
「それから最上川の鮭。これは十月から十一月一杯までのものだそうで、素焼きにしたのを生姜と大根卸しで食べたが、鮭の味はすべて皮と皮の下の所に集まっているのを改めて認めさせられるような取れたての鮭で、鮭といえば塩鮭かと思う感覚では、西洋人がこの魚に夢中になる理由が解らないことに漸く気づいた。」
それにしても、吉田さんが書く金沢の街は、ほんとうに耀いている。この街にかつてすんだことのあるひとが羨ましい。