|
2012年 02月 03日
会社に向かう途中に、そろばん塾をやっている家がある。その玄関先には「入塾申込書」の案内が容器に差して用意されてある。
申し込もうかと思ってしまう。 小学生のころ通いつめ、級があがるほどに熱が入り、伝票算などやらせてもらえるようになってからは、もう無我夢中だった。 読み上げ算は、陶々と呪文のように値段が流れてきて催眠術にかかりそうで、しかし指は勝手に動いて珠を弾いたから、確かにあれは催眠術のようなものかもしれない。 しかし今、そろばんを街で目にすることはほとんどない。下町の八百屋か乾物屋くらいだろう。買い物はバーコードのスキャンのあと電子レジスターが請求額を告げるだけだ。僕らは意志なく携帯電話をかざす。 こんないま、電子レジスター禁止令が発令され、そろばんが市井に復活したらどんなにか愉快なことだろう。街中では買い物客は店主の指先を不安げに見つめ、そのそろばん珠を弾く店主は何度かしくじりながら客と会話を交わす。 だんだんと会話の輪が広がり対話となり、笑い声とありがとさんがこだまする。 2012年 02月 02日
リサ・バティアシュヴィリの演奏を録画でようやっと観た。maruさんが絶賛し、Saheiziさんが年末の繊細にして迫力もあるとした、そのひとのものだ。
ブラームスのヴァイオリン協奏曲は、ぼくは学生時代から浪速の漫才のような曲だと信じて疑わなかったのだけれども、リサの演奏はそれを底辺から覆した。凛とした跳躍の曲だった。厳しい姿勢と柔軟なる優しさの混合。 彼女は、しとやかで控えめさのなかから精神を滲みださせるような身のこなし(ちょっと日本的な謙虚さ)。そういう、しなが入りそうな彼女から出てくる音楽は、しかし非常にきりりとした挑戦的なものだった。 リサはグルジア(インタビューではジョージアと発音している)出身で、それはアジアと定義されるトルコのすぐ北に位置している東欧の国なのだけれど、だからこそハンガリー好きだったブラームスの気持ちが良くわかり、そしてそのなかの音響が彼女の手によって自然体で解釈されその場に開放されていったように思う。 特に第3楽章は秀逸で、これは何回観ても飽きない、僕のこれまでの思い込みを一気に一新させるすばらしいブラームスだった。 ■指揮、演奏 Charles Dutoit, conductor Lisa Batiashvili, violin NHK Symphony Orchestra ■曲目 Johannes Brahms (1833-1897) Violin Concerto D major op.77 Ⅰ Allegro non troppo Ⅱ Adagio Ⅲ Allegro giocoso, ma non troppo vivace ■録画 2011.12.9, NHKホール 2012年 02月 01日
今朝の新聞(朝日)に、1月に芥川賞を受賞した田中慎弥のコメントが載っていた。威勢と謙虚の具合がよい。たとえばこうだ。
“見も知らない人から良かったですねと言われるよりは、どこかにいる目の肥えた読者から作品の不備を指摘されることの方が、私にとっては重要だ。” “もし芥川賞を私がもらうことに少なからず興味を持つ人がいるなら、大変偉そうだが私の過去の作品も読んで欲しい。いや、ドストエフスキーでも谷崎潤一郎でも誰でもいい。文学史に残る大作家の名作を読み、改めて田中の作品に戻り、私の水準が低いことを確認するといい。そんな面倒なこと、誰もやらないか。” この、自分で自分を見据える視座は、僕らにもなにか刺激になる。有頂天になっている場合ではないのである。やってきたことの真価が大切なのだ。 2012年 01月 31日
もう1月も終わりである。疾風のように過ぎ去り、空っ風が依然舞う。
2012という年は、災害を経たあとの再生の年だというが、いろいろなことはなかなか思うようには進まない。 政治は、貝のような寡黙者と、はしゃいだ饒舌者とディレッタントの混沌で、税や年金の仕組み作りは牛歩である。 あらたなものを生み出すしか残る途はないから、企業人は頑張るのみだ。感動や文化まで生み出すことを夢見て邁進するのみ。道は険しくても焦らずしかし様々に試し進むのみだ。 2012年 01月 30日
ぼくは弦楽器が弾けない。だから高校生のころに友人が井上陽水だとかを弾き語る姿がうらやましくて仕方がなかった。
しかし、まあフォークは情にながれた熱く語る輩の音楽だからな、と負け惜しみのように諦めていた。 そんななか、庄村清志というギタリストの弾くロドリーゴに接し、それはアランフェス協奏曲ばかりだったがそれでもたいそう感心した。曲には飽きてもギターの音色は良いなあ、と思った。 その後はずっとクラシックギターの音色に接することはなかったが、近ごろふとまた聴くことになった。村治佳織の『パストラル』という音盤で、パリのエコール・ノルマルに留学する前に録音した(97年8月)、ロドリーゴの作品集だ。 庄村さんの血潮あふれるギターと違い、なんと軽やかなことだろう。しんみりした曲趣のばあいにも温かさと優しさがある。 一番好きなのは『ソナタ・ジョコーサ』という曲。留学のまえにこのレベルにあるという彼女の音楽は、なにかその先の果てしない拡がりを予感させる。音盤名の『パストラル』ももちろん珠玉だ。 2012年 01月 29日
ビル・エヴァンスのCD『ポートレイト・イン・ジャズ』、『ニュー・ジャズ・コンセプションズ』、『エヴリバディ・ディグス・ピル・エヴァンス』が新譜廉価盤(3枚組1250円)で発売されていて、迷わず買った。
LPレコードの時代に大分買い集めていたがCDに買い替えておらず、だからこれらの音盤を聴くのはかれこれ30年ぶりだ。 ピアノとベース、そしてドラムスの音色は、あの年月が甦るようで、聴けば聴くほど気恥ずかしくなってくる。 しかし月日は経つのは早い。これから30年経てから又聴く、などと云うことを想像したら、そのころに生きているかはわからないと気付き、なおさらこの音楽をしっかりと聴いておかなければ、と思った。 ■Bill Evans Sharp Notes [CD 1] Portrait In Jazz [CD 2] New Jazz Conceptions [CD 3] Everybody Digs Bill Evans 音盤:Not Now Mu, B004IWP6KK Sharp Notes 2012年 01月 28日
昨晩は歓送迎会があり、カオリャン酒を飲んだ。中国の、コーリャンから造る蒸留酒だ。あちらの言葉でバイチューともいう。アルコール度数は53度だ。
これは中国では小さめのグラスで一気にあおるのが普通だが、ビールグラスで飲んでしまった。 喉が焼けるように、ではなくて焼ける。熱い状態が暫く続く。新たな人がきて杯を交わす。喉を通過し焼ける感覚が戻る。また新たな人と交わす。焼ける感覚が鈍化していく。 胃のなかの奥の奥までこの酒で浄化されてゆく感じで、それと共にさまざまな人と杯と話を重ねていた。 朝起きたら、重いあたまの奥底から微かな記憶がすこしずつ蘇ってくる。ああ、あんなことを言っていたかもしれない、こんなことになっていたかもしれない。映画『ハングオーバー!』シリーズ(トッド・フィリップス監督)のような世界だ。 カオリャン。それは僕を幽界に連れていく。しかし次もまたそれがあれば頼むだろう。魔弾の射手のようなこの酒が好きだ。 2012年 01月 27日
僕の学生時代はお酒といえばビールだった。そのあとにブランデーかオールドウイスキーをショットグラスやそれに近い小さめのグラスでストレートでのむようだった。大原麗子を思った。
会社に入ってもそれは同じでしかし先輩と一緒のときは日本酒の熱燗がそれに加わった。 90年代に入ると日本酒の冷や酒が流行ってきたが僕らには受け入れがたく、酒の飲み方は昔と同じ。 00年を迎えるころになると「空前の焼酎ブーム」というものが現れ、それは確かに珍しさもあって、ただの芋や麦をもとに蒸留した酒なのに一喜一憂した。 これらの合間に時折カクテルブームや酎ハイブームが挟まれたものの、飲み会でウイスキーというのはあまり見掛けなかった。 しかし、である。今や飲み会でウイスキーのハイボールをジョッキで最初から飲む時代になっている。そしてそんな各人の頭のなかには一人一人に小雪が居る。小雪と乾杯している自分の自分の姿にうっとりする。 そのバックにはゴスペラーズの「ウイスキーは、お好きでしょ」が流れていてだから宴席の男たちの心の声を拡声したらその輪唱になっている。 ハイボールは昔は邪道の飲み方だったから、これがここまで旨いと思わせる域に達したのはサントリーによる周到な企画力があったからで、それを知っていたとしても今宵はハイボールのそのジョッキやらグラスを傾け、現実と空想の合間を漂う余韻に浸るだろう。 ハイボールを仕掛けた人たちに、敬服するこの冬である。 2012年 01月 26日
昨日、今日と、切れるような寒い空気。夜はひんやりとした見えない空間の向こうにさらなる漆黒が拡がる。朝はそこで鋭さを増したものが僕らに挑んでくる。陽の光はただそれをカモフラージュしているだけだ。
テオ・アンゲロプロスがバイクにはねられて死んだ。寒さのなかに哀しさが倍加する。 あの長い長い映画のなかの一瞬のシーンのように舞台から去ってゆく。 2012年 01月 25日
堀江敏幸さんの『めぐらし屋』(新潮文庫)を読了。
静かで、さわやかな気持ちになる小説だった。あることをきっかけに、過去の想い出、たいせつにしていた気持ちが蘇ってゆく。そういう過程にぼくたちは触れることができる。 そしてその結果、「ここにあるいま」、「時をかみしめる」、「時間のながれを感じる」ということの大切さを気付かせてくれる。単にそのときそのときが楽しければ良い、ということではなく、「記憶に深く留めるほどに味わう」というようなことだ。 解説のページに、堀江さんの次のような言葉が紹介されていた。 ゛日常は、地震計のように跳ねる大きな振幅ではなく、遠くから見ると直線に見えるほどの小さな浮き沈みで成り立っている。それは退屈に見えるかもしれないが、僕には退屈ではない゛ まさにこのようなことを感じさせてくれる作品だった。 2012年 01月 24日
TBSドラマ『運命の人』は、さまざまな想いが重なるドラマだ。あのころ(沖縄返還の前の)僕は、世の中の動きなどまったく知らぬものだったから、自分が生きてきた軌跡の不足を補っていくような感がある。
音楽も良い。ヴィヴァルディの『四季』のような音感でしるされてゆくBGMは、ドラマのちょっとクラシカルな雰囲気にちょうど良く合っている。 「あなたも、わたしも、なにも変えられて無いじゃないですか」 弓成亮太(演じる本木雅弘)の妻のことを強く意識しながら支えている女、三木昭子(真木よう子)の言葉は、しみじみとこころに響いてくる。彼女がふと見せる陰欝な表情に心動かされる。 その瞬間、ぼくは彼女と「私的時間の共有」ができている。そう思ってやまない。 2012年 01月 23日
映画『ALWAYS 三丁目の夕日'64』のサイトをつらつら眺めていたら、Gooが昭和の東京の航空写真の表示機能を提供していることを知った。ココ→http://map.goo.ne.jp/history/showa_index.html
昭和22年と昭和38年である。これは凄く便利だ。昭和38年は東京五輪がある前の年で、首都高速が建設途上の様相がまざまざと分かる。日本では現在の西銀座コリドー街があるところが一番最初の高速道路だが、そこはだいぶん出来上がっている。 このほかにも江戸時代、明治時代の古地図も見ることができ、重ねる機能もあるから、門外漢のひとでも実に楽しめるようになっている。 僕はこれまで、『江戸~東京重ね地図』(エーピーピーカンパニー製)というソフトを使って街角探検を楽しんでいたのだが、このWebの航空写真機能と併せて眺めることで、さらに面白みが増してきた。 昭和30年代。僕らは何を変えて何を変革したつもりになっていたのか。その軌跡を追うことがまだつづきそうだ。 2012年 01月 22日
“これは紛れもなく、私がこれまでの人生で作り得た最高のレコードである。我々はこのレコードに魂を捧げた。”…ライナー・ノーツにアストル・ピアソラの言葉がそうしるされている。
その『Tango: Zero Hour』を聴き始めた。凄い演奏の連続だ。音も良い。過去/未来から分節された現在という概念を音楽で表現しようとした彼の世界。そういうものがすこしづつ伝わってくる。 「Tanguedia III」…音楽が始まる前に混沌と喧噪のざわめき。はじめ何が起こっているのかわからなくなる。その不安をかき消すかのように音楽が始まるのだ。 「Concierto Para Quinteto」…これまでやってきたことは何なんだったのか、という問いかけをされているような、そういう心境におちいる。 「Contrabajissimo」…ベートーヴェンの第九交響曲の第4楽章へのオマージュなのか。音や自らの存在への問いかけから始めようとしているとしか考えられない。僕はこの曲をタンゴ版「歓喜の歌」と名付けたい。 「Mumuki」…なになのだ。これも、此れまで自分が生きてきたことはどういうことだったか、という感覚が底流から沁み出してくる。おそらく聴くたびに、さまざまなシーンが浮かび上がってくるのではないだろうか。 いま、という時の貴重さ。それはたいせつな過ぎ去り時のあとにあるということだけでなく、未来との境界になるということ。この曲集は聴いているだけで心が踊らされ、また静かに落ち着き、時に涙がじんわり湧いてくる。 ■曲目 1.タンゲーディア3 (Tanguedia III) 2.天使のミロンガ (Milonga Del Angel) 3.キンテートのためのコンチェルト (Concierto Para Quinteto) 4.ミロンガ・ロカ (Milonga Loca) 5.ミケランジェロ ‘70 (Michelangelo '70) 6.コントラバヒシモ (Contrabajissimo) 7.ムムキ (Mumuki) ■演奏:ピアソラ五重奏団(アストル・ピアソラ、フェルナンド・スアレス・パス(Vn)、パブロ・シーグレル(Pf)、オラシオ・マルビチーノ(Gr)、エクトル・コンソーレ(Bs) ■録音:1986年5月、サウンド・アイディアズ・スタジオ、ニューヨーク ■音盤:American Clave、EWBAC 1013 2012年 01月 22日
『ALWAYS 三丁目の夕日'64』を観た。前作『続・三丁目の夕日』から5年後の昭和39年の東京が舞台だ。
この年となると、僕にも記憶が確かにあり、だからなおさら観応えがあった。前作までは微かに繋がった郷愁。今回は幼少の周りにあった風景が蘇った感。それだけでもじんわりときた。 ろくちゃんが初恋した医師。人々の笑顔を見るのが嬉しい、上を目指すことなく優しく人々に対していきたい、という彼の姿に感銘する。 茶川竜之介と父親との関係(本当の親の気持ち)も初めて明かされ、それに涙した。そして我が子のように育てた古行淳之介に対して、親が自分にした態度と同じように茶川が対する姿には、もう顎がガクガクした。 そして堀北真希のウェディングドレス姿の美しさの余韻。その余韻は、高層ビルが無いあのころの東京の街を照らす美しい夕日につながって、心洗われた。 2012年 01月 21日
今朝は講演会に出かけた夢をみた。昭和の日本の街の発展と文学を振り返る、というようなものだ。会場の入り口ではある詩人の作品(詩と随想など)が纏められた企画本をもらい、それはとても良い内容だったので得をした気分とともに、客席でさっそく読み入っていた。詩人の名前はさきほどまで憶えていたがもう記憶の彼方に薄れゆく。天沢退二郎か吉増剛造であったような。
僕は友人Mと一緒にそこに居たが、事務局の人がそっと近づいてきて、評論家による講演のあとの詩人の作品の朗読よろしく、と囁かれる。その詩人本人と映画女優(吉行和子のような感じだったがこれも薄れてゆく)、そして我々(僕と友人M)に任せられている。 いきなりの展開に僕は驚く。しかし他の3名は渡された本のページを繰りながら、アサインされている部分を小さく声に出して確認している。僕は指示された随想を黙読しはじめるが、初めてだからなかなか趣きを捉えきれない。 時間が来た。まずは詩人本人による回顧の情がこもった短い詩の朗読。ああやはり詩はいいなあと感じる。次いで友人Mによる長い詩。上手い。M君きみはやはりこのことを知っていたのかとすこし困惑してはみたものの、人の心に伝わる語りには友として嬉しくなる。そして女優の登場。彼女も演じたことがある演劇のシナリオだ。さすがに名優と言われたその人の語り。一段と冴えている。詩人による演劇がもつリアリティとともに会場が静まる。 さあ僕だ。随想を読みはじめる。戦後の昭和30年代の世の中で彼が目覚めていったことを回顧するようなものだ。旧かなづかいは大丈夫。しかし読めない旧字がある。文字も小さい。ええい推てずっぽうでも仕方あるまい、と焦りながら声に出す。うわずる。ああっと焦る。しかしええいと、次第に肝が据わってくる。読み進める、読み進める、読み進める・・・・。 2012年 01月 20日
みぞれまじりの雨。手先までしびれる寒さ。関東甲信越は雪になるという。
北の国に生まれていないぼくはしんどい。 むかし、こんなに寒くて外にも出られない週末の一日は、何をしていたろう。 幼稚園のときの記憶は、小さなたらいに張った湯に浸ける霜焼けの足。ユベラという塗り薬(エーザイ製だった、ちっとも効かない)。そして寒いなかエイトマンのシールを部屋の仕切りのガラス戸の磨りガラスに貼るときの愉しさ。 小学校低学年のときは、ひたすら家の間取り図を描いていた。不動産の広告にあるような簡単なものではなく庭石の配置、玄関アプローチまで書く。そして飽きたらプラレール。 小学校高学年では、やはり読書。そして弟と家のなかで宝物の在処探しゲーム。紙に行き先を書いて、そこに行くとまた行き先を書いた紙があり、延々とつづく。 中学生になるとストーブの前で尻を暖め続けるシーンの記憶。そして読書。観た映画の感想書き。ブラスバンドのホルンの練習。 高校生。レコードをひたすら聴く。オイゲン・ヨッフム指揮のモーツァルトの交響曲第25番やワルター指揮のブラームス(ニューヨークフィル、『ワルター不滅の1000シリーズ』)。 大学生では、麻雀三昧の記憶。ハンチャン連続30回、とか、並大抵ではないようなものに挑む。そして深夜のジャズと安ウイスキー。あるいは赤く灯る電気ストーブの弱々しい力。 会社員になってからは、スキー場が常だった。滑ることより、リフトに乗っている時間の一人の孤独が、喩えようもなく好きだった。 みぞれまじりの雨は、不思議なちからがある。記憶がよみがえる。記憶は軌跡になりさらに手繰り寄せられる。 2012年 01月 19日
通勤途上、さまざまな人たちを見かける。会社員、小学生、中学生、高校生、大学生、ガソリンスタンドの従業員、交通整理の巡査、タクシーの運転手、燃えないゴミを整理している自治会の組長。
一目でそれがそうであると分かる。みなきちんとしている。大きな逸脱はなく互いに丁寧である。 なんと規範がある国なのだろうかと感慨する。 外国にはこういう国に出会ったことはない。それぞれの範疇の人々は勝手で思い思いのところがある。役割をわきまえていなかったり投げ遣りだったりする。 日本に居て落ち着くのはこの規範感覚が心地よい、快いからだろうか。 今朝も聴いているシェーンベルクの『グレの歌』。ここにも音楽の規範が流れている。かつて二十世紀の初頭には欧州にも規範がみちあふれていた。 ここから得られる安堵感に心落ち着く朝のひとときだ。 2012年 01月 18日
その小津のグルメぶりを紹介する本は次のようにはじまる。
紀子 「そりゃ小父さまの方が素敵よ」 小野寺 「そうかい、ほんとうかい―ごちそうするかな紀ちゃんに・・・・{周吉に)どうだい、きょう昼―?」 周吉「うん」 小野寺「行こうか、瓢亭・・・」 周吉「いいな」 映画『晩春』の一節だ。 そのシーンを知っている人は、そのテンポの軽妙さと、そしてそこに垣間見える、おじさんが年頃の娘にいだく温かな気持ち(それは恋心とは異なるけれどしかし叶わぬまでもその遠い延長線上を妄想に近く想像する)に共感をいだく。 こんな形ではじまるグルメ本は、貴田さんのものをもってしかなく、だからこれは相当に貴重な書だ。たえなる響きの洒脱さで始まる、このグルメ案内本は、まれにみる傑作だと思う。 2012年 01月 17日
『小津安二郎 美食三昧 (関西編)』(貴田庄、朝日文庫)を、にやにやしながら読んでいる。以前関東編を読んで幾つかの店に行ってその風情や味を楽しんだが、その関西版だ。
関西、とくに神戸は戦後に父親の家系が赴任先の台湾から移り住んだ場所で、小さい時からお盆の季節に必ず訪れていたが、地元の人たちが行く名店にはついぞ行ったことがない。得意の街角探検もこの地域には精彩を欠く。 旨い店といえば、友人に神戸の山の手のジャズレストランに連れていって貰ったくらいで、だから関西の食い物屋といえばそこいら界隈のことしか頭に浮かばない。 そんななかこの本は、書店に溢れるグルメ本や旅行ガイド、テレビのお手軽番組を、遥かに超越する旨いものの案内になっている。 貴田庄は、小津のメモ帳から、店の名前と短い感想だけを頼りに、当時訪れた仲間のことや撮影していた映画のことを織り交ぜながら、店を紹介していく。 雰囲気や料理の佇まい、味の素晴らしさを、端的にあらわす。あまりくどくど書かないから、却って余韻が響く。実に行きたくなる。 いまちょうど、京都の美食処の部を読み終えたところ。不案内だったこの街がぐんと近くなった。 さあこれから大阪と神戸の部に突入だ。 2012年 01月 16日
年末に、ヘルベルト・ケーゲルのボックスアルバムを購入していたが、既に持っている音盤と重複しているもの以外はこれまで聴いたことが無い曲が多い。どれから手に取ろうかとしばらく躊躇っていたが、まずはシェーンベルクの『グレの歌』を選んだ。
1900年から1911年にかけて書かれた初期の歌劇なのだけれども、ワーグナー的な響き豊な階調音楽で、耳になじみやすい。大仰しすぎずとても心地よい和声。歌詞は、デンマークの作家イェンス・ペーター・ヤコブセンの未完の小説『サボテンの花開く』からとられている。対訳がついていないので、どのような筋書きなのかは分からずに聴いているが、十分に楽しめる。原作の翻訳はサイトhttp://homepage2.nifty.com/blaalig/cactus.htmlに見つかったのであとで紐解いてみようと思う。 ドレスデンフィルの演奏の質が高いのはすこし聴くだけで分かる。なんて美しい音がでるオーケストラなのだろう、とつくづく感心する。そして歌手の歴々も見事な歌いっぷりだ。 この曲は、日本での初演を1967年に若杉弘が手掛けた(読売日本交響楽団)という。彼はその後、ドレスデンのシュターツカペレの常任指揮者も務めていたから、このケーゲルが隣のオケを振っていた時代に顔を合わせていたのかしら、という想像までもしてしまう。 深夜にシェーンベルクを聴いていると、気持の粒が揃ってきて、なにか凛としていく。 ■アーノルト・シェーンベルク 『グレの歌』 ヘルベルト・ケーゲル指揮、ドレスデン・フィルハーモニー管弦楽団 、ライプツィヒ放送交響楽団のメンバー 、エヴァ・マリア・ブンドゥシュー(ソプラノ)ローズマリー・ラング(アルト)、マンフレート・ユンク(テノール)、ヴォルフ・アッペル(テノール)、ウルリッヒ・コールト(バス)、ゲルト・ヴェストファル(語り)、ベルリン放送合唱団 、ライプツィヒ放送合唱団 、プラハ男声合唱団。 ■録音:1986年 ■音盤:独Edel Classics 0002332CCC #1: ショスタコーヴィッチ 交響曲第1番、シベリウス 交響曲第4番、シェンカー「オーケストラのための風景」 #2: マーラー 交響曲第1番、ゴールドマン 交響曲第1番 #3: ベルリオーズ「幻想交響曲」、デッサウ「嵐の夜」 #4: ムソルグスキー「展覧会の絵」、プロコフィエフ「3つのオレンジの恋」、バルトーク「弦楽のためのディベルティメント」 #5: バルトーク ヴィオラ協奏曲、ヴァイオリン協奏曲、メイヤー ヴィオラとオーケストラのための詩曲、ヒンデミット ヴィオラのための夢の音楽 #6: ヴィバルディ「コンチェルトとシンフォニア」 #7: ブリテン「戦争レクイエム」 #8: ブリテン「戦争レクイエム(続き)」、ペンデレツキ「広島の犠牲者の為の哀歌」、ベルク ヴァイオリン協奏曲 #9-10: シェーンベルク「モーゼとアロン」 #11: ベルク「ヴォツェック」より3曲、「ルル組曲」より「アダージォ」、ウェーベルン:オーケストラ曲集 #12: オルフ「カルミラ・ブラーナ」 #13: ストラヴィンスキー「プルチネルラ組曲」、鶯の歌、カプリチォ #14-15: シェーンベルク「グレの歌」 2012年 01月 15日
鶴巻温泉、という鉄道の駅名は凄いと思う。東京近郊にて(と数えてよいかはわかないが)、ここまでリアルに風土を現している駅名は、そうざらにはないだろう。
車で国道246号線から駅前に行くまでの通りは、ちょっと異境に行く感じがする。道はくねくねとうねっていて、その先に何が出てくるのかわからない様相であり、しかし湯けむりなどはしてこないまま或る角でいきなり温泉の看板がたくさん出てくる。この唐突感がなんともいえない。将棋の勝負で有名な『旅館陣屋』もそこにある。 小田急線を使って向かったとしても、これは同じで、東京方面の隣の駅(伊勢原)とは全く趣の異なる殺風景な駅前が拡がる。山が迫っている谷間に駅があり、せせこましい踏切のあたりの様相もちょっとわびさびの風情である。ああ温泉地なのだという感興が湧く。丹沢の山々のの端がすこし垣間見え、昔の風景が頭をよぎる。 この週末の土曜日も、久々に浸かりにいった。いつも行くその日帰りの湯は大山からの伏流水がうまく噴出したもの(秦野市第一号泉)が引いてある。飲用にはできないと表示されているが、いつものようにちょっと舐めてみると、しょっぱい。変わらぬ味。湧き出る湯のカルシウムイオン含有量は世界一だという(1960mg/kg)から、その塩化物の味であり、ああこれはそういった一番のものなのだと思わなければならない。 入ってみればなるほど良い湯だと感じる。そのまま入り続けていると、江戸時代にいるようになり、だんだんと頭が水平になってゆく。内湯と外湯を往復しているうちに頭は朦朧としてきて、いったん上がって着替えた後、休憩の広間で本を読んだりしながら、また湯につかりに足を運ぶ。湯疲れしてしまうこと請け合いなのだけれど、この湯に入っていれば命が長くなりそうな気がして、だからどうしても長湯をしてしまう。 湯からの帰途は、身体はぽかぽかとしている。しかしそれでも駅前の蕎麦屋『田代庵』でいつものカレー鴨南ばんを食してしまう。蕎麦は黄緑色がかっていてルチンが豊富のようであり、濃厚な和風だしの汁にちょうど合う。この店のもうひとつ良いところは旨いお冷の水が出ることであり、この水でもって火照りを潤すと、身体がちょうどよい按配に落ち着く。 鶴巻温泉。この恍惚とした風情と響きと味がある街が好きだ。 2012年 01月 15日
これまでミッシャ・マイスキーといえば、僕にはアルゲリッチとの共演(アルペジオーネソナタであるとかシューマンのピアノ五重奏曲)ばかりだった。そのほかの姿を知らないなかでダリア・オヴォラ(Pf)とのシューベルトの歌曲集(歌なし)とアルペジオーネ・ソナタのアルバムを聴きはじめた。
チェロは人の歌声に一番近いといわれている楽器だから、その代わりに弾かれるこれらの楽曲からは、歌詞が聞こえてくるような感じがする。ダリア・オヴォラは、じつに控えめに伴奏をしていて、だからチェロの歌が一層引き立つのかもしれない。 アルペジオーネ・ソナタのほうは、アルゲリッチとのような掛け合いは楽しめぬがその代わりに、鄙びた哀愁を味わうことができる。第3楽章も嵩じすぎることなく静かに終わる。 休日の昼下がりに、なにごともなく心を静かに鎮めさせる、そんな音盤だ。 曲の録音場所は、スイスのチューリヒ湖のほとりにあるRapperswil城ということであり、webで調べたら、美しい湖のほとりに建つその写真(http://static.panoramio.com/photos/original/96538.jpg)が出てきた。曲の趣にとても合う。 この写真を眺めていたら、学生時代のあてどない旅でチューリヒのユースホステル(YWCAだった)に泊ったことや、その湖を臨むトーマス・マンの家(チューリヒ工科大学の敷地内で「トーマス・マン資料館」になっている;Webはココ→http://www.tma.ethz.ch/)のしんみりした空気、そしてそのときの心もとない寂しさのことも併せて思い出した。 チューリヒ湖というのは、深く心を落ち着かせる透徹な何かがある場所なのかもしれない。 ■SCHUBERT: SONGS WITHOUT WORDS 1. アルペジオーネ・ソナタ イ短調D.821 2. 歌曲集「美しき水車小屋の娘」~知りたがる男D.795-6 3. 「ヴィルヘルム・マイスターからの歌曲集」~ミニョンの歌D.877-4 4. 歌曲集「冬の旅」D.911~幻 5. 歌曲集「冬の旅」D.911~辻音楽師 6. 夜と夢D.827 7. 歌曲集「白鳥の歌」D.957~海辺にて 8. 音楽に寄せてD.547 9. ますD.550 10. 歌曲集「白鳥の歌」D.957~セレナード 11. 孤独な男D.800 12. 歌曲集「美しき水車小屋の娘」D.795~水車職人と小川 13. 野ばらD.257 14. 万霊節の連祷D.343 15. 君こそは憩いD.776 ■演奏:ミッシャ・マイスキー(Vc), ダリア・オヴォラ(Pf)、Rapperswil城の騎士の間(Rittersaal), ザンクトガーレン、スイス、1996.1月 ■音盤:DG 449 817-2 2012年 01月 14日
クリント・イーストウッドと彼の映画についての実に格好良い小篇に出会った。
“他者の視線に無防備に自分をさらし、見られることの虚構のヒロイズムの圧力を孤独に耐えながら、しかしその一方、風景や状況の推移に絶えず気を配りつづけること。そして、ここぞという一瞬を狙いすまして一挙に思いきった行動に出る。そこに、イーストウッドの稀有な男っぽさがある。こうすればこう見えるという自己イメージを、ナルシシズムとも神経症とも無縁なままに知りつくしているイーストウッドは、飽くまで謙虚に、控え目に、要求された演技を無駄なく不足なく完璧に達成することだけをめざして耐えつづける。ここでは彼は、受け身に徹している。” “イーストウッドほど見事にゆっくり歩ける男は、今日のアメリカ映画界では他はロバート・デ・ニーロくらいしか思い当たるまい。ダスティン・ホフマンだのロバート・レッドフォードだのはついに身につけられなかったこのゆるやかな歩行の官能性に達するには、リチャード・ギアでさえまだ男としての成熟が足りないのである。(中略)決して名優ではないイーストウッドは、名監督につきあて立つことも坐ることも歩くこともできない名演技を披露してみせている『乱』の名優仲代達矢のような馬鹿馬鹿しい姿は間違っても人前にはさらさない。彼はただ高貴に、男らしくたちつくし、あるいはゆっくりと歩を運んでいるだけだ。” “受身の状態を持ちこたえつづけるクリント・イーストウッドが男らしいのは、それが、不潔なシニシズムの臭いのする自己充足とはきっぱり一線を画した、明晰な諦念であるからだ。自分を嘲弄しながらの明るく空しい停滞を彼はもっとも嫌う。彼は、自分が頼りにできるのは、人生の折々の瞬間に何を運び何を棄て去るかを巡って過つことのない、みずからの本能的な聡明さであることをよく知っている。” 以上、『映画1+1』(松浦寿輝著、筑摩書房)から、「ゆるやかなアクションの人 -イーストウッド-」。 松浦寿輝は小説でしか知らなかったけれども、学者としても批評家としてもすばらしいことを知った。そしてこんなかっこ良い文章を読んでいると、また、彼の映画が無性に観たくなった。 2012年 01月 13日
朝のテレビニュースを観ていたら、小津安二郎の『東京物語』の名シーンがいくつも流れていた。
山田洋次監督が映画のリメイクを撮りはじめようとしているということ。1953年の公開から60年というところを目指しての発起だ。 戦後の荒廃と東日本大震災による荒廃、帰ってこぬ夫を待つ紀子と津波で流されて戻らぬ人を家族に想いを重ね、絆の重みを描こうとしている。 配役はどのようになるのかしら。姿形はなくても無性に観たい映画だ。 2012年 01月 12日
雑誌『新潮』に連載中の長谷川郁夫による『吉田健一』を嬉々としながら読み耽っている。
伝記である。しかしなにが面白いかといえば、ふんだんに折り込まれる吉田さんの著作からの引用であり、その一つ一つに触れるだけで魂までしみ込むような何かを感じる。 いま、丁度、昭和七年ごろ、河上徹太郎に出会ったころの部分だ。 長谷川さんは緻密に読み込みをしている。冷静なひとだ。前作の堀口大學の伝記を思い出す。思い入れ過ぎないバランス感覚が却ってよい。 まだ読んでいない吉田さんの著作のあれこれを知り、無性によみたくなる。今年は吉田さんの全集を手に入れ、この世界に浸りたいなあ。 2012年 01月 11日
通勤途中にどうしようもなくなって、ひとつ前の停留所でバスを降り、本を歩きながら読み進めることが良くある。人に邪魔をされずに歩きながら会社まで本を読んでいけるからである。
いつもの停留所で下りてしまうと、ひとに沢山出くわして、本など読みながら歩いていると怪訝な顔をされてしまうが、一つ前はだいぶん遠くにありさびれているから適度に良い。 バスを降りてすぐに本を広げると運転手や、まだ乗っている乗客に訝しがられること請け合いだから、すこし離れてから読み始める。 逆境に堪えながらの読書、好きであるから故の已む無きもの。 ただし邪魔をされずにこうやって歩ける幸福はそれほど続かない。いきなり対面から人や自転車が歩いてきたり、小さな十字路ではタクシーに轢かれそうになる。あぶないあぶない。注意しなければ。 読書の理想は「水泳をしながら」なのだけれども、それは叶わないから、だから僕はきっと、明日も歩きながらの読書、をしているだろう。 2012年 01月 10日
荒川洋治さんの詩を読んだ記憶はあるけれども、そしてそれが透明なうつくしさとともにあることは憶えているのだけれども、それがどんなものだったかはおぼろげである。でも、このひとの名前を見るたびに、あの美しい透徹さのひとだ、と思う。
詩集を読みとおさないうちに良いだろうか、と思いながらこのエッセイ集『忘れられる過去』(朝日文庫)を買い求めてページを繰り始めた。エッセイの一篇一篇は短いが、とても心に沁みる。どうしてこんなに心地よいのだろう。ひとつひとつに味わいがある。ときどき思い出したように読まないといけないなあ、と思うものがいくつもあった。 たとえば次のような小篇。せかせかと肩肘張って生きているいまのぼくから、力がふっと抜けて、しかしそれに代わって、誠実に生きなきゃ、という気持ちが湧いてくる。 “(中略)東京のなかとはいえ、離れた町へ行くことも多い。不在の可能性もあるのに、出かけるのだ。だから会ったときにする話には、それなりに重みがあったはずだ。 現代の日本は国民誰もが(?)携帯電話をもっているから、こんなことにはならない。でもいま携帯電話で僕らが話していることは、どうってことないものだったりする。「会える」ことが確実であることと、「会えないかもしれない」ではずいぶんちがうものになる。 また当時は予告もなく会いに行くから、そこに世代のちがう人や、新しい友人がいたりして世界が開ける。また「不在」でも、今日は会えなくてよかったかもしれない、今度来るときにはちがう話をしようなどと思う。志向が深まるのである。会えても、ものを考える。会えなくても考える。それが当時の人たちの「一日」だった。” (『芥川龍之介の外出』より) 2012年 01月 09日
バッハの『フーガの技法』は、僕には崇高すぎて良く分からず、聴いているうちにいつも何だかおっかなくなり、怖ろしくなってやめてしまうか、いつの間にか寝ているか、いずれにせよ、終わりまで対峙したことがない曲だった。グレン・グールドによるオルガン版によっても、その状態は変わらなかった。
そんななか、おっかなびっくり買ったエマーソンSQによる弦楽四重奏版は、それらのもやもやとした気味の悪さを疾風のように拭い去るような心地よさがあった。対位法のそれぞれが沁み入るように流れていく。途中でぷっつり中断される第14コントラプンクトゥスも、そこにある残響はあたかも意図して設けられたかのようで、しみじみとしてその余韻を楽しめる。 この演奏は、僕のバッハへの理解と想いを一つ深めていくような予感がする。 演奏:エマーソン弦楽四重奏団 録音:2003.1月、2月/American Academy of Arts and Letters, New York 音盤:独グラモフォン 474 495-2 2012年 01月 08日
新宿歴史博物館で展示されていた写真を眺めながら、あれ、と違和感が生じた。新宿3丁目の伊勢丹デパートのビルが現在の1/4ぐらいの大きさなのだ。明治通り側には、別の建物があり、また、いまの駐車場ビル側は、市電のターミナル車庫(方向転換するための引き込み線基地)になっている。
すこし調べていたら、まずはじめに3丁目の交差点の角に建ったのは、ほてい屋(布袋屋)という名前のデパートであり(1926年[大正15年]で博物館の展示資料では食堂が有名だったとある)、その後、1933年(昭和8年)に伊勢丹がその隣に建ったらしい。その後、伊勢丹はほてい屋を買収しビルを一つに繋げて合体させた。この状態で現在の1/2ほどの大きさになる。 現在の大きさになったのは、1957年(昭和32年)だそうで(もちろん件の都電のターミナル車庫を撤去してのことだ)、比較的あたらしい。 百貨店の老舗だった三越と高島屋に対抗しながら、いわば二流三流の地に根を生やした伊勢丹が現在のステータスまでのぼるには、時代のセンスをつかむ力があったからなのだろうが、新宿と言う土地が文人や芸術家を集めたからだけでなく、西東京の私鉄沿線に居を構えたサラリーマン家庭の人たちの乗り換え駅という地の利が最大に生きたのだともいえる。 昨日はこの博物館で『新宿風景―明治・大正・昭和の記憶―』という豪華な写真集(200ページ、しかも僅か1000円)を買うことができるという幸運もあり、ふたたび過去の軌跡に想いが巡るいまである。 ※以下のWebに、新宿3丁目界隈の変遷の経緯が詳しく記されている。 新宿大通商店街振興組合→http://www.shinjuku-ohdoori.jp/h06-01.html MORISHINS MEW (ARCHITEC) →http://www.morishin-web.com/photo/tokyo/isetan/photo_isetan.html 「ハマちゃん」のがらくた箱→http://www1.c3-net.ne.jp/hamachan/tizu-isetan-1.htm "MORISHINS MEW (ARCHITEC)"には、このほかにも近代建築の粋が記載されていて非常に興味深い。→http://www.morishin-web.com/ "「ハマちゃん」のがらくた箱"は、種々の情報が体系的にまとめられ考察されており、街角探検的にただただ頭が下がる。→http://www1.c3-net.ne.jp/hamachan/ 2012年 01月 07日
新宿歴史博物館というのがあることを知り初めて訪れた。
新宿の三栄町というところは、そこに向かうには地下鉄の駅を出たあと大通りから一歩横に入って細い路地を下ったり上ったりする。東京はまさに坂道の街なんだということがわかって、それだけでワクワクする。 ほとんど来客はない博物館は、新宿という東京の西の地勢のうえに積み重ねられた各時代の歴史を、非常に真面目に丹念に分かりやすく展示している。 新宿の丘や谷は知っていても、どこに実際の河が流れていたかは知るまい。 新宿という地名は内藤新宿からきていることは知っていても、内藤家がどこまで領地にしていたかは知るまい。 ラフカディオ・ハーンや喜久井町に生まれた漱石が、いつ頃までこの町に住んでいたかは知るまい。 まさに文化の枢密地区であったことを、ここまで快活にかつ懇切丁寧に説明してくれる博物館はなく、もし江戸東京博物館にがっかりした僕のような街角探検隊が居たならば、必ず訪れるべき場所である。入場料はわずか300円で、さらに展示室に置いてある解説書の値段込み。充実した内容に、にわか江戸東京オタクになること請け合いだ。 ![]() ![]()
< 前のページ 次のページ >
|
検索
お気に入りブログ
その他のリンク
■Blog ・木曽のあばら屋 ・平井洋の音楽旅 ・泥沼なオーディオと音楽と映画。 ・高校最後の格言日記 ・alpshima すばらしき出会いと発見。 ・alpshima 2 素晴らしき出会いと発見。そして、過ぎし日の追憶の情景。 ・関根要太郎研究室@はこだて ・粋な提案 ・内田樹の研究室 ・先見日記 ![]() ■音楽関連 ・NHK Classic ・BBC Classic ・月刊ショパン ・HMV クラシック ・Tower Recordsクラシカル ・クラシック倶楽部 ・HMV評論家エッセイ ・Public Domain classic ・Patricia Kopatchinskaja ■書籍、書評 ・【ほんぶろ】 ・朝日新聞書評 ・松丸本舗 ・往来堂書店 ・フィクショネス ・BOOK TOWNじんぼう ・青空文庫 Aozora Bunko ■酒 ・酒とつまみ~酒飲み人生謳歌マガジン~ ・鹿児島県酒造組合 ・英国スコッチWhisky協会 ・英国ジン・ウオッカ協会 ・フランスワイン公式サイト ・ボルドーワイン委員会 ・シャンパーニュ地方ワイン生産委員会 ・シャンパーニュメゾン協会 ・ブルゴーニュワイン公式サイト ・ロワールワイン公式サイト ・スペインカヴァ協会公式サイト ■TV ・不毛地帯 ・のだめカンタービレ フィナーレ ・それでも、生きてゆく ■写真 ・ある技術者の写真アート ■街角探検 ・横浜都市発展記念館 ・web東京荏原都市物語資料館 ・MORISHINS MEW (ARCHHITEC) ・「ハマちゃん」のがらくた箱 外部リンク
最新のコメント
最新のトラックバック
以前の記事
2012年 02月
2012年 01月 2011年 12月 2011年 11月 2011年 10月 2011年 09月 2011年 08月 2011年 07月 2011年 06月 2011年 05月 2011年 04月 2011年 03月 2011年 02月 2011年 01月 2010年 12月 2010年 11月 2010年 10月 2010年 09月 2010年 08月 2010年 07月 2010年 06月 2010年 05月 2010年 04月 2010年 03月 2010年 02月 2010年 01月 2009年 12月 2009年 11月 2009年 10月 2009年 09月 2009年 08月 2009年 07月 2009年 06月 2009年 02月 2009年 01月 カテゴリ
ネームカード
ライフログ
ブログパーツ
ファン
|







































































































































































































































































































































































































































































