『グレン・グールドといっしょにシェーンベルクを聴こう』(渡仲幸利、春秋社)を読了。これは、音楽史とグレン・グールドという人の思想にまったくもって僕が不勉強だったことが分かり、それとともに、とってもシェーンベルクの曲が聴きたくなった。

“けっきょく、グールドがえぐり出したかったものは、バッハを相手にしてもシェーンベルクを相手にしても、いずれの場合も作曲力だ。たぶん、その観点からバッハに対抗できる作曲家といったらシェーンベルクぐらいのものだとまで、彼は考えていたのだ。そうやって、バッハの楽譜から、歴史が汚した黄ばみ、手垢、シミを一掃し、その一方でシェーンベルクの楽譜が、同時代人たちによる偏見のなかから救出され、もはや、グールドとシェーンベルクの巻き込み合いは、疑うことができない。”(「プロローグ」から)

“自分も音楽も徹底して衣を剥がされる設定、それが彼のいう「孤島」なのである。(中略)さて、その「孤島」へ持っていきたいレコードの一つに、グールドはギボンズの讃美歌に次いでシェーンベルクを選んだ。つまりそのとき彼は、シェーンベルクにそれまでだれも聴いたことがなかったなにかを聴きとっていたことを、そっと告白したのである。”(「美しい音楽」から)

“シェーンベルクの音楽の美しさを味わってみたいと思ったら、自室で書きものやら難しい計算でもしながら、少しボリュームをしぼりぎみにしてBGMとして流しておけば一番である。不思議なことに、聴くともなく机上の仕事に没頭したそのときに、これまでに憶えのないほど感動的な音楽をとらえていることが多い。ぼくが、グレン・グールドの弾くシェーンベルクのピアノ曲の清澄さが、ほんとうに聴こえたと確信したのも、そういうときだった。ピアノと弦楽四重奏と語り手のための<ナポレオン頌歌>は、調性的な焦点をあちこちにもった、シェーンベルク晩年の重要作品であるにもかかわらず、あの表情たっぷりの激しさがなんともいやな曲だった。が、それがあるときまったくちがって聴こえてきた。このときもやはり、ぼくは別のことに夢中でいた。”(「BGMの魂」から)

“グールドのピアノ演奏で聴く、シェーンベルクの作品十一、作品二三、作品二五といった独奏曲にしてからそうだ。これらは審美的に澄み切っている。だれのためにも弾かれていないこれらは、ぼくたちに、こっそり聴くことを望んでいるように思われる。聴きたい者がいたならば、その者はだれにも悟られることもなく、ひとり、こっそりと聴いてほしい、と。ひとのためには弾けないほど、ひとと並んで聴くには耐えられないほど、深く降りていく音楽体験なのだから。”(同上)

“グールドのシェーンベルクに耳を奪われるかとうかは、いま言ったバッハを聴く聴き方を保持することにかかっている。グールドが弾くシェーンベルクのピアノ独奏曲集をBGMに流しておき、作品二五<ピアノ組曲>に来てはっと耳をそばだてるチャンスをつかめたならば、以降、シェーンベルクは聴こえてくるだろう。一回性が、たえず未来において反復されていくだろう。反復の意志は、いまこのときにおいて、未来の域で生じている。”(「エピローグ 反復、かけがえのないものへ」から)

こういう緻密で、しかも深い造詣に基づく音楽評論に久々に触れて、とても清々しい夜になった。
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# by k_hankichi | 2017-11-16 22:34 | | Trackback | Comments(4)

たゆたわず、霧消す

「たゆたわず、霧消す」という感じだった。読了した『たゆたえども沈まず』(原田マハ、幻冬舎)の一言感想。

ヴィンセント・ヴァン・ゴッホとその弟テオ、そして、日本の浮世絵を西洋に売り込んだ画商たちとの交感を描いた小説なのだけれど、筋書きがあらかじめ決まっているような、驚きや発見を味わうようなところがあまりない作品だった。

小説の題材に、美術や画家たちの生き様を取り扱うのは難しいなあと思った。

絵画そのものが物語る、発露する力に負けるのだ。

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# by k_hankichi | 2017-11-15 07:27 | | Trackback | Comments(4)
雑誌『文学界』の2013年8月号に収録された中編評論「小津安二郎外伝 〜四人の女と幻想の家〜」(照井康夫)を読了。そうだったかもしれない、という、うすらうすら予測していたことが、そこに明らかにされていた。密やかにはぐくまれていたもの、抑えても抑えきれない気持ちが伝わってきて、とても心に重く沈降した。

男はそうなるものなのだ、抗えない甲斐性なのだと思うとともに、凄惨な戦争の記憶からうなされる毎日から逃れる術だったのかもしれないとも思った。至高の芸術の出所には、こういった私生活があったことを前にすると、もう、何が何だか分からなくなってきた。

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# by k_hankichi | 2017-11-14 21:38 | | Trackback | Comments(4)

笠智衆の回顧録を味わう

小津映画が観たいなあと思いながら、最近スクリーンで観られる機会がどんどん減っているような気がする。そんななか、笠智衆の回顧録『小津安二郎先生の思い出 大船日記』(扶桑社)というものが出ていることをようやく知って、ネットで古本を買い求めた。これは肩肘張らずに語られた言葉を起こしたもので、読む方にとっても肩の力を抜いて読めるもので面白かった。

“娘の結婚式の後、一人で家に帰った僕が、椅子に座って、リンゴの皮を剥くのがラストシーン。背中を丸め、黙って皮を剥く。娘を手放した父親の悲しみがよう出ているちゅうことで、たいへん評判になった場面です。ただ、あれは先生の思いどおりの場面ではなかったのです。あのカットの撮影で、先生は僕に、「笠さん、皮を剥き終わったら、慟哭してくれ」と言われました。“嗚咽”ではなく、“慟哭”です。「おーっ」と声を上げて泣けと言う。オーバー嫌いの先生からそんな注文を受けたのは初めてでしたから、ずいぶん驚きました。僕はできませんでした。やってみる前から、できないことはわかっていました。「先生、それはできません」小津先生の演出に、「できません」などと答えたのは、あれが最初で最後です。先生は無理にやらそうとはされませんでした。(中略)今考えると、やるべきだったと思います。できるできんは別にして、とにかくやってみるべきでした。”(「第二章 先生ありき」から)

そういうやりとりがあったのか、ということを知って僕も驚いたけれど、作品の実際の方が、やっぱり僕自身には納得いく所作だ。実生活でも、僕もあのようになるのではないのか、と思ったりもするからだ。

それにしても、笠智衆は酒が殆んど飲めない下戸だったということを知ってびっくりした。しらふで、あの数々の居酒屋、割烹シーンを演じていたとは、いまだ以て信じられない。

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# by k_hankichi | 2017-11-14 06:23 | | Trackback | Comments(2)

『婚約者の友人』の音楽

件の映画では、『自殺』というエデュアール・マネの絵画が婚約者の友人だと称する男の心境を描き、そして結婚することになっていた女も、その絵画に対する興趣を掻き立てられていく。

しかし二人を結び付けていくのは、絵画だけではない。音楽もそこに介在する。

・ショパン:ノクターン 第20番 嬰ハ短調 遺作・・・ヴァイオリンとピアノのデュオで。(こういう組み合わせも良いのだと分かる。)
・チャイコフスキー:弦楽四重奏曲 第1番第2楽章・・・主人公らが練習する。
・ローサス:『波濤をこえて』・・・舞踏会で流れる。
・カール・ヴィルヘルム:『ラインの守り』・・・酒場で客が唱和する。(ラ・マルセイエーズと対比できる凄み。)
・フランス国歌:『ラ・マルセイエーズ』(よく聞くと壮絶、凄惨な歌詞だ。)
・リムスキー・コルサコフ:交響組曲『シエラザード』作品35 「海とシンドバッドの船」・・・パリ・オペラ座での演奏。(これも懐かしい。)
・ドビュッシー:歌曲『星の夜』・・・主人公らによる声楽、ヴァイオリン、ピアノによるトリオ。(とても良い声だ。)

このほか、マーラーだったっけかな、と思われるオーケストラ曲も挿入されていて、しかしそれが何だったか、どうも分からなくて、映画の素晴らしさと相まって、あの女優のしぐさを観るに加えて再度観てみたいと思った。

■ドビュッシー『星の夜』
■ショパン ノクターン第20番


■音楽が掻き立てる叙情・・・野鳥が立てるさざ波のような(清澄庭園の光景から)
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# by k_hankichi | 2017-11-13 00:35 | クラシック音楽 | Trackback | Comments(2)
友人から紹介されて観に行ったのだけれど、これを見逃していたら、生きているうちの映画観のなかの大きな部分を逸失していたかもしれないという感覚にとらわれた。フランソワーズ・オゾン監督による映画『婚約者の友人』(原題:Frantz)。
http://www.frantz-movie.com/

ストーリーの詳細を語るまい。ネタバレにしてしまってはならない、神聖な領域を感じる作品で、しかしその主演女優の崇高なまでの美しさについてだけは触れておかなければ、という観念に迫られる。

登場人物たちの気持ちの移ろいと、その有り様の自然さというものが、国民性や人種という垣根を乗り越えて実感できる。

そして映像の美しさも特筆だ。モノクロームの映像が映し出す世界というものが、いま、この現代でも存分に発揮できるのだということを知らしてくれた。

■映画の紹介(ドイツ語)


■映画トレイラー(日本の配給元)


■『自殺』エデュアール・マネ

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# by k_hankichi | 2017-11-12 14:44 | 映画 | Trackback | Comments(4)
今日は昼前から下町逍遥。深川江戸資料館は、その時代の街並みの風情を再現していて面白かった。

清澄庭園は、込み入った下町のなかにぽっかりと空いたオアシス。大きな池の周りを歩くだけでもひと汗かく。

そして、小津安二郎が卒業した明治小学校に向かう。ここは自分の母親の生家にも近く、もちろん母親もその卒業生だ。昭和初期の佇まいは何処にも残っていないのは、昭和20年の東京大空襲で壊滅的に焼け尽くされたからで、平穏健全な風景が却って怖い。

上野に移動し、「怖い絵展」の二時間待ち行列を横目に、西洋美術館へ。「北斎とジャポニズム」展は、待ち行列無しだったけれど、館内はかなりの混雑。内容はとても充実したインパクト強いもので、西洋画、印象派に多大な影響を与えたことが、本当に良くわかる。

いったいぜんたい、人真似をしてきたのは誰なのかとさえ思うほどで、いやはや、日本の浮世絵師たちの眼力に感服した。

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# by k_hankichi | 2017-11-11 15:16 | 街角・風物 | Trackback | Comments(6)
小説『光の犬』(松家仁之、新潮社)。またも深い感慨とともに読了した。この感覚をなんといってよいのだろうか。人が生まれ、外界と交わり、人々と交感し、気付き、愛し、愛され、時には衝突し蔑み、そして時の流れともに老いていく。

そういう、古来からずっと繰り返されてきた人類の営みは、現在もなにも変わりなく、そしてそれが生きるということなのだということを静かにしらせてくれた。

主人公のひとりが次のように語る。

“ピアノのご機嫌をはかるのにいちばん適しているのは、バッハのインベンションだった。どんなに軽やかに、適切なスピードで演奏しようとしても、どこかに弾きにくさがある。バッハは、弾くことに酔うな、と言うがために、これを書いたのではないかとうたがいたくなる。”

小説と云うものを読んでいく醍醐味というものは、こういうものなのだ。だから、何度でも読み進め、そして自分らの生きざまに対比させていく。

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# by k_hankichi | 2017-11-10 20:25 | | Trackback | Comments(3)
詩人が書くエッセイが好きだ。神保町でこれまた見つけたのが『屋上への誘惑』(小池昌代、岩波書店)。

そこにも音楽についての小篇があった。

“アンコールのブラームスの途中であった。過去の延長のように感じられていた時間が、ふと、逆流してきたような錯覚を覚えた。私は今、三十七歳。いつまで生きるのか、わからないけれど、その見えない終局から、「今」に向かって、時間が押し寄せ、がけっぷちに立たされたような、気持ちになった。あと、どれくらい、こんなすばらしい音楽が聴けるだろう、と思ったのである。そのとき時間は、過去から未来へ伸びる線状のものでなく、三十七歳の今に向かって、私自身の末期という未来から、逆流してくる大河であった。”(「音楽会が終わったあとで」から)

なんと心が浄くなることなのだろう。これでよいのだと、やさしく寄り添うように言われているよう。

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# by k_hankichi | 2017-11-09 07:08 | | Trackback | Comments(2)
こちらも、これまで全く知らなかったけれども、現実を真正面から突いていてとっても面白かったエッセイ。笑って堪えて、我が身を省みるところ多々あり。『クラシック100バカ』(平林直哉、青弓社)。

新聞のコンサートやCD評論を書く評論家などに対しての辛口コメントも冴えまくる。思わず拍手をしそうになる。

一貫していることがらは、自分の感性、自分の耳を信じなさい、ということ。

ときどき迎合しているだろう僕自身のことも振り返りながら、改めて、素直になることの大切さを認識した。

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# by k_hankichi | 2017-11-08 06:15 | | Trackback | Comments(3)

音楽、小説、そして酒を愛する方々との空間です


by はんきち