「エキサイト公式プラチナブロガー」スタート!

音楽、小説、そして酒を愛する方々との空間です

by はんきち

老年の『ジニのパズル』

民族と言語のはざまで、少女がはるか米国まで渡って自分の居場所を探し求めるものが『ジニのパズル』(崔実、講談社)だとすれば、『寂寥郊野』(吉目木晴彦、講談社)は、その若くして米国に渡った女性が老年に自分の居場所を失っていくものだった。

舞台はルイジアナのバトンルージュ。戦争花嫁として渡った幸恵・グリフィスは、夫のリチャードとともに老後の日々を送っている。そのようななか、彼女が少しづつ鬱になり記憶を失いはじめ、周囲との摩擦を起こし始める。始めはそれを周囲の勘違いだとしていた幸恵も、ようやく自分が発症したのだということに気付く。

遠く米国に渡った幸恵は、自分の居場所がどこなのか分からなくなっていき、その寂寥郊野(ソリテュード・ポイント)のなかを流離うかごとくになっていく。読んでいる自分も、その哀しみに胸の奥が痛む。

1993年の上半期(第109回)の芥川賞受賞作だった。

寂寥郊野

吉目木 晴彦 / 講談社

スコア:


[PR]
# by k_hankichi | 2016-08-26 07:13 | | Trackback | Comments(2)

パエリア渇望

何が食べたい?と尋ねられると、答えに窮することが多い。なにしろ何でも美味しく思うからで、嫌いなものがないということが選択能力を著しく低下させる。

「記念日には」、と付け加えられると、殊更余計に難しくなる。問うものたちが、余計に答えの内容に期待するからだ。

更にその問いに、「自分たちで料理するから」、と付け加わると、もはやお手上げになる。料理人たちの能力を推定できないからで、やたら手の込んだものを指定して出来ないとなると、逆に苦しめることになりかねない。

だが語った。

「パエリア!」

直感的に頭に浮かんだ言葉をそのまま口にだしたら、2秒ほど沈黙があった。

相手は顔を見合わせながら言った。「わかった、パ、パエリアね!」

その日が来て帰宅してみると、そこはもはや戦場のよう。こちらはとるものとりあえず遠巻きにしながら、座す。座して○を待つ、と言う言葉がちらつくほど待っていると、漸く御開帳となった。

感謝の意を表し、周囲が固唾を呑んで見守るなか口に入れれば、それは然して地中海の香りがし、少しばかりサフランが足りないかしらんという気持ちが頭を掠めながら、そういう味付けの地区も南の海に下ったところにあるだろうと勝手に想像した。

遠くアンダルシアの秋の海の香りがするパエリアだった。

c0193136_07535137.jpg


[PR]
# by k_hankichi | 2016-08-25 07:52 | 食べ物 | Trackback | Comments(4)
神保町のいつもの中古CDショップてその音盤を眺めたとき、こりゃ何かの冗談か錯覚か?と思った。しかし、とるものもりあえず、しっかりと抱えてそそくさと買い求めた。

ものすごい希少盤だった。ニコラウス・アーノンクールによるバッハの無伴奏チェロ組曲。4、5、6番が入っている。

いつも立ち寄るフランス酒場で店長に頼んでそのCDをBGMにかけてもらう。

「アーノンクール、ええ、もとはチェリストだったんですよね」

彼はそう呟いた。

「そ、そうだったのか・・・」

愕然としながら聴き始める。何としみじみとした演奏なのか。

演奏はとても上手でしかも孤淡の境地。シュヴァルツヴァルトの奥深いなかで一人樫の木の切り株に腰掛けて目をつむって弾いている。

この演奏が知れわたっていないのはどうも不思議だ。

すこし調べてみると、指揮者に転ずる前は、ウィーン交響楽団の首席チェリストだったと知った。どうりで上手いはずだ。

知られざる名演奏に触れて恍惚としながら一つ歳を重ねた。

Bach 2000 / Vol.126

Nikolaus Harnoncourt / Warner

スコア:


[PR]
# by k_hankichi | 2016-08-24 07:51 | クラシック音楽 | Trackback | Comments(4)
台風が明けた夜に読了。『悪徳小説家』(ザーシャ・アランゴ、創元推理文庫)。原題:Die Wahrheit und Andere Lugen.

著者はベルリンで、コロンビア人の父とドイツ人の母との間に生まれたそうで、テレビドラマ、ラジオドラマなどの脚本家を経て、小説を出したそう。その第一作。

巻頭にはライナー・マリア・リルケの次の言葉が挿入されている。

「恐ろしいものとはすべて、
根底においては途方にくれたものたちで、
我々の助けを求めているのかもしれない。」

人の生きざまの実態を言い当てようとしているような箴言だけれど、小説の方は、予想を超えた独善的な似非小説家の遣りざまが描かれていた。自己中心的な人間とは、ここまで虚言と裏切り、そして偽善に走れるのか、と唖然とした。

主人公の小説家が最後に書いた作品の結末が不評だったというが、この小説の結末もとても尻切れトンボで、台風の朝の晴れ間を前にすると、その途方感が際限なく広がっていった。

悪徳小説家 (創元推理文庫)

ザーシャ・アランゴ / 東京創元社

スコア:


[PR]
# by k_hankichi | 2016-08-23 07:12 | | Trackback | Comments(2)
西脇順三郎の詩、「秋」を思い出した。詩集『近代の寓話』のなかの一篇だ。ものすごい勢いで、わが町にも押し寄せた。そのエネルギイには、こころ動かされた。

恐怖と、ドキドキする気持ちと、畏怖を通り越した憧憬にちかい崇拝のような念。

近寄りがたいレベルの自然の底力に、ただただ、深くため息をついた。

「秋」


潅木について語りたいと思うが
キノコの生えた丸太に腰かけて
考えてる間に
麦の穂や薔薇や菫を入れた
籠にはもう林檎や栗を入れなければならない
生垣をめぐらす人々は自分の庭で
神酒を入れるヒョウタンを磨き始めた


タイフーンの吹いている朝
近所の店へ行って
あの黄色い外国製の鉛筆を買った
扇のように軽い鉛筆だ
あのやわらかい木
けずった木屑を燃やすと
バラモンのにおいがする
門をとじて思うのだ
明朝はもう秋だ

.
[PR]
# by k_hankichi | 2016-08-22 22:15 | | Trackback | Comments(3)
週末に買い求めた音盤のひとつは、バッハの平均律クラヴィーア集からフーガだけを選んだもので、それを弦楽四重奏で演奏したもの。実に多彩な曲たちばかりだけれど、ピアノで聴くものよりも構築性が手に取るように分かり、そしてその重畳されたような効果が、あらたな夢幻の境地を作り出す。

この曲集は、ハイドンやモーツァルトと同時つぃのオーストリアの作曲家、エマヌエル・アロイス・フェルスターによって弦楽四重奏のために編曲されたものだそうで、なんと世界初録音だという。こんな素晴らしい曲集が、これまで知られていなかったということにも驚く。

蒸し暑い夏の日にも、バッハのフーガは高い蒼穹に吸い込まれていく。

■曲目:J.S.バッハ/フェルスター編曲:平均律クラヴィーア曲集から4声のフーガ集
■演奏:エマーソン弦楽四重奏団
   ユージン・ドラッカー(ヴァイオリン)
   フリップ・セッツァー(ヴァイオリン)
   ローレンス・ダットン(ヴィオラ)
   デイヴィッド・フィンケル(チェロ)
■収録:2007年12月、American Academy of Arts and Letters, ニューヨーク
■音盤:ユニバーサル UCCG-1392

バッハ:フーガ集

エマーソン弦楽四重奏団 / ユニバーサル ミュージック クラシック

スコア:


[PR]
# by k_hankichi | 2016-08-21 21:31 | クラシック音楽 | Trackback | Comments(2)
新聞の全面広告に掲載されていて、これは読まねばという声が聞こえた。さっそく取り寄せて読了。『ジニのパズル』(崔実、講談社)。第59回群像新人文学賞を受賞した作品だそうだ。

物語は、オレゴンのハイスクールに通うジニという少女の手記だ。読み進めていくうちに、彼女が普通の米国人ではないことに気付き始める。ハワイから転校してきたこともわかる。しかしどうしてハワイから?

彼女は、ステファニーという女性童話作家の家にホームステイをしている。マウント・フッドという山が見えるような場所だ。次第次第にジニは心を開いていく。コロンビアリバー上って滝を見たり、カントリーハウスを訪れたりする。

僕もかつて仕事で訪れたことがある場所。雄大な自然、晴れ渡った青空と山々の陰影の交錯。いつかまたあそこを訪れてみたい。

彼女が在日韓国人であったということも次第に明らかになっていく。思春期の手記なのだ。日本の小学校を卒業して朝鮮学校に入学することになり、初めて朝鮮語に触れる。そしてかの国の主席の写真が掲げられた教室に入る。クラスメートからは不思議な目で見られ始め、違和感に苛まれる毎日が始まる。

そして起こるいくつかの事件と屈辱。

はるばるオレゴンまで辿りつかざるを得なかったジニ。アメリカに渡った詳細やハワイからオレゴンに来た詳細は明らかにされないのだけれど、書かれていないからこそ、その間に起きただろう様々な哀しみと落胆、そして微かな希望のことが想像できる。

青春文学の息吹に、自分自身も心が洗われた気がした。

ジニのパズル

崔 実 / 講談社

スコア:


 
[PR]
# by k_hankichi | 2016-08-20 09:37 | | Trackback | Comments(0)
深夜までオリムピックの競技をTVで観過ぎて、いささか疲労気味である。それでも素晴らしい競技を目にしていれば、自然と心が躍って、思わず相手が居なくても呟いている。

「オリムピックはどこで開催?」
「リオでジャねえよ」

「400mリレー予選、どこに勝ったの?」
「ジャマイカ、じゃマイカ」

「水泳競技で、泳いでいる人の目の前から撮影しているのは、どうやってるんだろ」
「忍者じゃない?・・・ドロ(ー)ン」

そう呟くこと、何十回。

何故か心は清らかである。インターナショナルの歌が聞こえる。

.
[PR]
# by k_hankichi | 2016-08-19 20:58 | 一般 | Trackback | Comments(2)
出張の車中で、萩耿介の小説『イモータル』(中公文庫)を読了。大河のような時間の流れとともにある作品だった。

舞台は現代の日本、18世紀の革命時のフランス、17世紀のインドへと、時の流れを遡り、思想や哲学の根源を追い求めてゆく。

悩み苦しむ人にとって、一筋の光明が射すような予感が、そこかしこに在る。

インドのヒンドゥー哲学、イスラム、フランスの啓明、そしてショーペンハウアーまで登場する。

『ソフィーの選択』の壮年版のような、広い世界を目の前にして、ちっぽけなことで悩む自分は、まだまだ青二才だなあ、と感じた。

イモータル (中公文庫)

萩 耿介 / 中央公論新社

スコア:


.
[PR]
# by k_hankichi | 2016-08-18 20:15 | | Trackback | Comments(2)

残暑の朝は北欧で涼む

台風一過。朝から蝉の鳴き声が押し寄せる。そんななか出社時に聴くのはアイルランド/ノルウェーのニューエイジ・ミュージック、シークレット・ガーデンのアルバム『ドリームキャッチャー』。

汗ばんだ肌に涼風が吹き寄せる。

甘すぎず、凛として、人におもねることなく、しっかりと先を見据えて、透き通った心をもち、そして優しく。

残暑の陽の光が、がフィヨルドを見下ろす先に射すヤコブの梯子に変わる。

ドリームキャッチャー

シークレット・ガーデン / ユニバーサル インターナショナル

スコア:


[PR]
# by k_hankichi | 2016-08-17 07:32 | ポップス | Trackback | Comments(0)